3 醜悪なる財産の話

プロローグ:道化の語り部

 果てしなき書物と文字の海を旅する紳士、そして淑女の皆様。

 獅子と女王の物語を続ける前に、ここで一つ道化の語りに耳を傾けたまえ。

 千夜一夜物語の第787夜、羊の脚の物語に曰く。


 あるとき、旅先の旅館にて、二人の男が出会った。

 一人は泥棒のハラム、もう一人はスリのアキル。

 意気投合した二人だが、話をするうちに食事の時間になった。

 そこで事件は起きる。


 彼らは自分たちの持っていた弁当を見て、そこに入っていた羊の脚が同じものを切って二つにしたものではないのかと気になりはじめた。

 そこで二つを合わせてみると切り口がピッタリ一致するではないか。

 不審に思い、互いに住んでいる場所を聞いてみると、なんとそれはまったく同じ場所。


 その結果、事もあろうか彼ら二人の妻は男一人では満足できぬ淫乱であった事が判明した。

 なんと彼女は、昼はハラムの妻として過ごし、夜はアキルの妻として暮らしていたのだ。

 夜に出歩く泥棒と昼に出歩くスリとでは眠る時間が違うもの。

 互いに顔を合わせぬも道理である。


 しかし、それでも女憎しと思えぬのが惚れた男の弱み。

 ふたりは妻に復讐するのではなく、「より見事な腕前を示した方がその女の夫となる」という勝負で決着をつけることにした。


 最初に腕前を見せたのはスリのアキル。

 彼はユダヤ人の袋をスリ取り、中身を入れ替えて懐に戻した。

 そして大声で「ユダヤ人両替商に金を取られた」と騒ぎ立てたのである。

 裁きを求められた法官カーディが双方に袋の中身を聞くが、ユダヤ人が正しく答えられるはずもなく、哀れなユダヤ人は金を取られた上に罰を受けた。


 一方、泥棒のハラムは帝王の宮殿に忍び込み、小姓のふりをして帝王に近づいた。

 そして横になっている帝王にこう尋ねたのである。

 「ユダヤ人から金を奪ったスリと、宮殿に忍び込んだ泥棒とでは、どちらが優れているでしょうか?」と。

 当然ながら被害者の地位に差がありすぎる。

 帝王は陶然のように「帝王の宮殿に忍び込んだ方が優れている」と告げた。

 そうでなければ、自分をユダヤ人の商人と同等か、それ以下だと認めることになるからだ。


 こうして女はハラムだけの妻となったのである。


 おや、ご不満ですか?

 なんとも救いの無い話でございますものねぇ。

 おそらくこれは泥棒の機転を楽しむ物語でございますが、まぁ今の価値観には合わない話でございましょう。

 ……そして、こうは思われませんでしたか?。


 中立の立場ですらない帝王が下した審判に、はたしてどんな意味があったのだろうか?

 そして女はどちらの男を愛していたのか?


 残念ながら、これはただの物語ゆえに、答えなど用意してあるはずがございません。

 確かな事は、この物語に登場する背徳者共がすべからく地獄に落ちるべきであるという事のみでございましょう。


 では、これにて。

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