第四十一話 続・メルヘンチックな夢の中と仰げば尊しの人。


【前回からのみつぐ視点】


 ――仰げば尊しの人は、この三〇三号室のドアの向こう側に。


 いつもの一人称は俺だったけど、

 ここでは恩師に会う手前で僕……とする。今、僕の目の前に、そのドアの前に立ちはだかる瑞希みずき君は「どうぞ」と、オープン・ザ・ドア。中へ中へと案内する。そしてリビングの風格を持ち合わせた台所のスペース。ビッグなウインドウより差し込む日差しを受けながら、瑞希君のお母さん、……または僕の恩師、北川きたがわ初子はつこ先生。


 微笑みが、そこにあり、


早坂はやさか君、お元気そうね」

 と、穏やかな午後の風と同化する……。


「初子先生もお元気そうで、お久しぶりです」――そう流る時を感ずる。


「そうね、十年前でしたね、早坂君が私立大和やまと中学・高等学園の臨時の先生として来られたのは……あの頃は、瑞希が大変お世話になりましたね」


 すると、被せるように、


「ママ、その話はもういいでしょ?」


 と、瑞希君は口を挟む、ほんのり顔を赤くして。……さっきの玄関でのイメージは修正が必要なようだ。好きな男性が、恋でもしているのか、垣間見える大人の仕草。


「瑞希、いつも言ってるけど『お母さん』でしょ。さっさと着替えなさい、あなたにも聞いてほしい話になるから、学校関係の大切なお話だから」


「は~い」

 と返事しつつ、瑞希君は『自分の部屋』と思われる場所に入った。玄関近く。


 やっぱりまだ、子供の部分を残しているようだ。ちょっとふくれ面にも見えて、昔の面影の方が割合的には多いように思える。……ホッと安心感を覚えた。



 ――思えば、これが本当の三者懇談。瑞希君が在学中にしてあげられなかった。


 凡その十年の時を経て、もう間もなくこの場で実現する。

 颯爽たる着替え、その姿は黄色のシャツに水色の半ズボンだけど……「粗茶ですが、どうぞ」と、さっきとは異なる穏やかな声で、音も少なくテーブルの上に置く、三人分。


 そして三人で、テーブルを囲む運びとなった。

 上座の僕、その向かい合わせには初子先生、その隣に、瑞希君が座った。


「……実は、今年の三月で教師を辞めました。今は専業主婦をしています」


 様々な連絡手段、例えばエアメールなどで、わかってはいたが、

 改めて本人の口から聞くと、やはり衝撃が……動揺は隠せずに、


「でも、この子が教師になりました」

 と初子先生は、ポンッと瑞希君の肩を叩き、別の動揺も起こり、


「先生、改めて宜しくお願いします」

 と、瑞希君は挨拶する。彼女のその表情をもって動揺は治まり、


「こちらこそ、宜しくお願いします。瑞希先生」

 と、僕も挨拶をする。そこにいるのは、僕と同じく『先生』の瑞希君だ。


 これからは、もう先輩と後輩……


「まあまあ、硬い話はここまでということで、久しぶりに会ったのですから、ざっくばらんにいきましょう。募るお話もあるのでしょうから」


 緊張を解いた初子先生の底抜けに明るい笑顔は、これよりの時間を、昔の懐かしき話も盛り込みながら、あくまでライトなノベルのように楽しさ満開だった。


 この日、初子先生が僕に言いたかったのは、やっと実習期間を終えていたことを知った瑞希君を、守ってやってほしいと。――教師としての心構えを教えてやってほしいとのことだった。また期間限定だけれど、――僕はまた、君の先生になった。



【場面は移り変わる! 再びの海里かいり視点】


 読書に集中、ブランコに座ったままで、

 木漏れ日程度の明るさ、このポジションはある程度の避暑地を演出している。


 よし! 熱中症対策も抜かりなく……と思っていたら、


「ここいいですか?」


「あっ、はい。いいですよ」


 突然声をかけられたから、男の人に、ビックリビックリだけど、ちゃんと日本語で喋ること……返事をすることができた。ちょっと自信……でも、それよりも、


 隣のブランコに座ったその男の人、じっと見る。見れば見るほど……似ている、酷似している。もしかしてde.jave. ……夢で見たものと同じで、


「あの、僕の顔に何かついてます?」


「あ、あの、Mistake……間違ってたらごめんなさい。もしかして、あなたは……わたしに会ったことあります? ……あの、ゆ、ユ、Youは、みつるさんですか?」


 もう滅茶苦茶! 混乱する日本語ジャパニーズ母国語イングリッシュ

 それに、それに言っちゃった。――白馬の王子様のお名前を。


「は、はい、確かに僕は、北川満ですが……」


「Me……My……わたしのこと覚えてます? ……もう十年も、前のことですし、やっぱり無理があるのかな? わたしが三つか四歳の頃でしたけど……覚えてないよね?」



 ――少し風が通り抜ける程度、

 Littleな、ほんの少し、……寂しくなって、


「マリちゃん?」

 と突然、わたしの顔を見て、その男の人は、そう言った。


 とにかく驚きが先で、


「えっ?」


「もちろんニックネーム、僕がつけた。……君の名前は『海里』で、その名前にちなんで『マリン』……そこから『マリ』になった。大きくなったね」


 間違いなく、満さん。

 わたしのことをニックネームで呼んでくれた。


 あの頃と同じく、

 だからわたしも、


「みっちゃん」と、呼ぶことにした。


 それに、……それにね、

 約束もあったの。わたしが大きくなったら『結婚』しようって。


 みっちゃんは言ってくれた、――大きくなったねって。本当に運命だよね。


「わたしね、大きくなったよ。

 みっちゃんも元気そうで良かった」……風と共に、その言葉を刻んだ。



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