第四十二話 そして今日の現実な世界へ。


瑞希みずき視点】


 下りてくると、ここでも昔話を盛り込みながらの楽しい時間があったようだ。


 四棟の三階……そこの一室は、わたしのお家。少しでも長くお送りする、階段だけではなくお外まで……ううん、その先の……ポストがある公園まで早坂はやさか先生を。



海里かいり、お待たせ」


「あっ、パパ!」


 この子が早坂先生のお子さん。……『海里』という名前のようだ。その横には……お兄ちゃん? わたしのお兄ちゃん、北川きたがわみつるだ。


「あっ、すみません。この子のこと、ありがとうございます」

 と、早坂先生は紳士的な挨拶。


「いいえ、構いませんよ。あなたのお嬢様でしたか。こちらも楽しい一時を過ごさせて頂きましたので……」


 それにも負けず、お兄ちゃんも紳士的な対応。――ああっ、そうではなくて、


「この子、先生のお子さん?」と、訊かねば。


「パパ、このお姉ちゃん誰?」と、この子も便乗して訊く。


 二人同時! 質問は一つずつだってば……とも言わずに、


「明日から海里の通う学校の先生だよ」

 と、早坂先生は、海里という名のその子に、わたしを紹介した。



 ――すぐさまお辞儀。


「My name is Kairi ……は、早坂海里です、宜しくお願いします」


 ……英語? 少し片言?

 緊張、しているのかな?


 なら、


「北川瑞希です。こちらこそ宜しくね、海里さん」

 と、満面な笑顔のつもり。……紳士的なら紳士的であるように、お辞儀ならお辞儀。


 わたしだって、お兄ちゃんには負けないよ……って、別に勝負をしているわけでもなくて、彼女の緊張を解すことが第一で……って、ほらほら笑顔になった。



 そして、すぐさま帰りの時刻。

 ――また明日ね! の、はずだったけど、


「みっちゃん、また遊んでね」……って、みっちゃん?


「また今度の日曜日、この場所にいるから」……って、お兄ちゃんのことなの?



 あっ、帰っちゃった。

 早坂先生も一緒に……まあ、いいか。


 でもでも、でも、その前に一言、


「お兄ちゃん、あの子……海里さんとは知り合い?」


「ああ、俺の熱烈なファンなんだ」


 少しばかり? ナルシスト入りするお兄ちゃんだけど……納得。この先、何となくだけど、海里さんとは『自分と好みが合いそう』な予感がした。――まあ、脳裏を駆け巡る一瞬の光の矢……その程度だけど。その間でさえも時は動く。場面転換にも相応しく、


 ……ん?


 オレンジの看板……『海里』と書いてフリガナが『マリン』


 お兄ちゃんの後をついて歩くこと十分……ここに来た。さっきお会いした女の子の名前が『海里』なだけに、不思議な感じがするのだけど、問う言葉が思いつかなかった。


 場の流れによって、

 ウェートレスに案内され、テーブルを囲んで座る。


 ……見つめ合う瞳と瞳。静かな時間は流れ続ける。


 場慣れいているのか、落ち着いた感じのお兄ちゃん……それに対し、わたしは喫茶店そのものが初めてなものでソワソワ感を漂わせている。元『やんちゃ』のはずで、喫茶店は慣れているように思いがちだけど……そんなことはない。コンビニ前が精一杯なの。



「お、お兄ちゃんと、こうして喫茶店入るの、久しぶりだね」


「嘘つけ、初めてだろ?」

 と、颯爽たる返事。


 ……少しは察してほしかった。言い間違えただけなのだと。


「それより瑞希、話って?」


 そうなの。早坂先生が来られる前に打ち合わせ……ではなくて、「お話があるの」って声をかけていたからなの。上目遣いで、なるべく可愛らしく……


「まだ先の話だけど、……八月二十四日の日に学園に来てほしいの」


「それは『劇団山越仲良やまこえなかよし座』としてか? 別に構わないが、何かあったのか?」


 いかにも相談に乗る感じの口調。

 わたしはなるべく『可愛い妹』を演じる。


「……うん。その日、演劇部は再活動するの。後学のために、部員達にも見てもらいたいのよ、お兄ちゃんたちの劇を……」


「大変そうだな」


「うん、そうなの……」


「どうせやるならイベントで、決めてやろうよ」


「ふるさと祭りだね。……うん、そうだね。そうだよね」


 それは、

 わたしたち兄妹でしかわからない内容。


 ここで『大いなる伏線』――笑顔満載。


 あと残される課題は、部員の人数……(あと三名)と、魂に刻むように、

 胸中で、繰り返した。



みつぐ視点】


 朝、目覚めれば、そこには白い世界が広がる。


 時計の表示は、六時三十分。

 ん? 今、六時三十分……?


「よし!」

 と声を張って、さらにガッツポーズ!


「何、どうしたの?」

 と、同じ布団、横で眠っていた妻のリンダが、その声に驚いて起き上がる。



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