第四十話 乙女のメルヘンチックな夢の中と仰げば尊しの人。


 ――日本での初出勤の日を間違えて「しまった!」との父・早坂はやさかみつぐの叫びにより、メルヘンチックな夢の中へと身を置いていたのに、完全に起こされた海里かいり……


 次に連想するのは、不機嫌。



 でもお昼寝、そして夢続行。

 思えば今日は、もう火曜日。二十三日の午後の三時だ。


 陽は西へ傾く。

 生まれ育った国もそうだけど、

 世界の何処にいても、時差を除いたら、それは共通だ。


 ……父曰く、学園が戦場であったなら、

 今現在いまげんざいは、戦士の休日を思わせるような場面……ううん、そんなことはない! きっと明日からも、白馬の王子様と同じくらいに心ときめく学園生活。


 そのことをも父曰く、


 ……ここは日の本ジャパンだから「御父様」……いやいや、「お父さん」と呼ぶべきなのだろうか? わたしの名前は『海里』と、漢字二文字で書けるから日本人? でもでも、生まれも育ちも米国アメリカだから「Dad」……ううん、「パパ」と呼ぶ。


 本当は西班牙スペインの言語だそうだけど、

 パパはパパ。


 わたしはこれからも、変わらずに「パパ」と呼び続ける。



 ……あ、それから本題、


 明日からの学校生活が、わたしたちの『心ときめくものになりますように』と、願いを込めながら、パパはこれより『仰げば尊しの人』に会う。


 そう、昨日の夜だった。

 パパとママの会話では、同じ公営住宅に在中。


 ……で、今、玄関に於いて、パパは靴を履く。

 選択肢は二つ。母国語イングリッシュ日本語ジャパニーズ……のどちら?


 やはり日本語。『郷に入ったら郷に従え』というわけではないけれど、


「パパ、一緒に行く!」と、わたしは歩み寄る。


 外に出ると、穏やかな午後三時の風景。


 靡く髪に、靡く白いワンピース。隣には背の高いパパ。とてもカッコいい。

 そっと上目遣い。そっと手を繋いだら、流れる風が心地よい。


 向かうは四棟、三〇三号室と言っていた。


 で、その少し先には郵便ポスト。その背景には緑広がる……夢で見た公園。そこには白いブランコもある。シチュエーションも大変酷似している。心奪われて、


 頭には、麦藁むぎわらの帽子が乗っかる。


「パパ?」と、わたしは振り返る。


「パパな、ちょっと行ってくるから、海里はここで遊んでるんだよ」


「うん!」

 と、元気よく手を振った。


 パパはニッコリと笑顔だ。



 夢の続き? ……その前に、先刻までの物語の続き。


 それは白と赤のショルダーバッグ。その中から文庫本を取り出した。その本のタイトルは『Also with family.』……そう。あの『また家族と一緒に』だ。白いブランコに座って、わたしにとっては母国語の、表記されている文章を読み始めた。


 今はもう、廃盤となっているこの本。……今、わたしが手に持っているものは、五歳の誕生日にママがプレゼントしてくれたもの。ⅠとⅡ……日本なら上巻と下巻かな? 二冊持っている。わたしの宝。そして、この作品の著者は憧れの人……。


 全米が涙した……という思いで、

 いつの日か、会いたいと思っている。



【場面転換! ここから貢視点だ】


 ――四棟の三階。階段を上がったら、向かって左側。


 表札は、『北川きたがわ』……溢れる思いを指に。

 押すぞ、チャイム! そう思っていたら、


「あ、あの、すみません」

 と、声かけられ、背後から。女の人……いや、女の子。


 振り返る。……すると、


「お久しぶりです。先生」


 目線はグッと下……中学生? でも、妻のリンダと同じくらい。いや、まだ少し低いかな? 僕のことを先生と呼ぶライダースーツの女の子。ヘルメットまで抱えてる。


 黒と緑のコラボ。胸に鮮やかなタイガーマーク。


 それが似合わないくらい……可愛らしく尚且つ上目遣いで、

 う~む、ここは一言。


「君、無免許は駄目だよ」


 ガツン! ……という効果音はないけど、

 見る見るうちに、


「ぶう~忘れたの?」

 丸い顔を更に膨らませ、ふくれ面。


「冗談だよ、瑞希みずき君。元気そうだね」


 と言ったら、ふくれ面を解き、「えへへ……」と笑う仕草の、あの頃の面影を、わかりやすく見せてくれた。これで彼女とは、三度の出会いとなった。



 ――初は、初子はつこ先生が、


 June bride.  僕たちの結婚に駆けつけてくれた日。一緒だった瑞希君は九歳。再び出会うことができたのなら、『算数が大人になったもの』を教えようと約束した。


 二度目は、凡そ十年前、


 私立大和やまと中学・高等学園の産休した先生の代行を依頼される。それも兼ねつつ、生徒指導部の主任代理も含まれていた。これもまた、初子先生の依頼。産休した先生が受け持っていたクラスに、瑞希君がいた。縁深し……。語ることは多分にあるが、今の処はここまでということで。瑞希君に教科の好き嫌いはあるものの、約束は守った。


 三度目は今日、二〇一五年六月二十三日……


 大きくは言えないが、くどいようだが面影もそのままに、二十五歳の瑞希君は、あの頃と変わることなく元気なようだ。……それでいい。と、僕は思う次第だ。




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