第三十八話 子供は寝なさい!




【其の一】



 季節の繰り返しは、また想い出の繰り返し。

 例えば、今日より明日だ。それの大きい版。


 それでも季節は繰り返す。過行く刻と共に、リズミカルに。

 一つの季節が終わったなら、The season of memories.


 そしてまた、新たな季節が始まる。作業工程と同じだ。



 先に進むのは人の常。

 同じく時も、進むのは未来に向けてだ。


 物語の進展の中、人は出会い別れゆく。……それもまた、繰り返される。


 季節と季節の変わり目、それまた季節。

 季節が人を動かすといっても過言ではないだろう。


 季節は、人の日常に嵐を呼ぶ。

 春の嵐、夏の嵐、秋の嵐、冬の嵐……。



 人は生きていく中で障害にぶつかる。


 人は人と衝突し、互いを苦しめ合う。

 病気が出現して、人は発狂してゆく。


 ……季節。

 それは、人が傷つくことばかり。……乗り越える術はないのだろうか?



 だからこの大海原、舵を取る。季節は乗り越えてゆくもの。

 また日常生活に於いても同じ。レヴォリューションの繰り返しと云える。


 ああ、季節、季節、季節……。


 そこで季節の集大成である時代の変わり目には、何時の時代にも例外はなく、この世の中に嵐の前兆が如く、大事が起こることが予測できた。……風雲。事変に乗じて、その才能を開花し、活躍する人。その人物を風雲児と云った。



 ……あくまで、その原理と同じようにだが、


 二十年前にも、そのような人物が存在した。今は埋もれた数多きマイナーな書籍の渦中に於いても、その中に含まれる一つの小説を通して、多くの人々を感動の渦中に埋めた伝説の人。少人数かもしれないが、あの時の感動を忘れた者はいないと言われる程だった。



 その小説の名は、『また家族と一緒に』

 その著者の名は、『朝倉あさくら希海のぞみ



 でも、「もう過去の人だ」……世間の人は、そのように言うけれど、二度と会えないわけではない。どんなにか変わっても『生きている』のだから。この世の果てに至るまでの何処かで、必ずや会えるだろう。意外と、身近にいるのかもしれない。


 ……そう、気付かないだけで。


 二十年も経てば、この千里せんりの町も、あの頃よりかは三十パーセントでも都会になったことだろう。この公営住宅も築二十年。多くの世帯が集うのだから。


 多くの人が集まる場所だから、魔も競う。


 昭和、平成をも駆け抜ける中にあっても、魔が絶えることはないと断言できる。人生に変わり目がある限り、人が生きてゆく限り、変わり目はある。……人が人生を歩むことに於いて、魔との闘争がなくなることは、あり得ないのである。



 魔は、自分が創り上げるもの。

 故に、それにより鍛え、明るい未来を勝ち取る。


 そこで十中八九、人は言うだろう。


「一体何が言いたいのか?」と、その一言だけを。


 ……


 心配ないからね、物語は確実に続いている。その物語とは大曇天返し込みの、予測できない少し未来についてである。「幸福になりたい」と、ただそれだけを。


 だからこそ、魔は形ではなく様々な働きとして至る場所に現れ、絶えることのない試練を与えてくる。その試練に威風堂々と挑みゆくため、我々は今、此処にいる。



『激しき航路に臨み強き一念で舵をとって行く。そして、未来への道を切り開き、幾海里も果てしなく、恐れなく進み行く。人生は航海、迫る荒波を乗り越えてゆく』



 時満ちれば、ウェストミンスターの鐘の調べとともに、……この物語は、この次の使命を歩むために、『第二部』という看板に相応しいスタートを切ることになるだろう。




【其の二】



 ……若干だけど、夜が明けたような気がする。


 夏の夜は短いが、海里かいりは深き眠りの中にいた。


「白馬の王子様……」

 と、その眠りの中に於いても、彼女は呟いた。



 実は海里が四つの頃、早坂はやさか家は一度この地を訪れて、住んでいたことがあった。その時は私立大和やまと中学・高等学園の英語の先生が産休になったため、みつぐが交代の先生として呼ばれたからである。彼を呼んだのは、その時も北川きたがわ初子はつこだった。


 それでもって何の因果なのか、

 住んでいた場所も此処なのだ。だからこそ、想い出は繰り返される。


 たとえ夢の中に於いても、

 海里は、自分の心の中に住む、白馬の王子のことを思い出したのだ。


 その思い出の渦中、朧気だった白馬の王子の顔も、まるで銀塩写真の頃にあった一眼レフのカメラのように、まずピントを合わせ……顔が、ハッキリとした。


 断片的だが、公園のブランコに乗っていた。



【――はい、ここから一人称。このエピソードの最後まで!】


 白色のブランコは静かに揺れる。王子様は、どこか遠くを見るような目をしていた。まるで夢を見ているような。だから、わたしも同じ夢を見る。


 ――あの日と同じ、

 同じ会話が再現される。



「お名前、なあに?」


「僕はみつる。み・つ・る」


「パパと一つ違うね」


「パパは何て名前なの?」


「み・つ・ぐ」


「じゃあ、お嬢ちゃんの名前は何て言うのかな?」


「か・い・り」



 それは、ワンオクターブ高い声のわたし、四つの頃のわたし。


 さっきまでとは違って、

 虹が架かったように燥いで、わたしは笑顔を見せた。迷える道は、もう安心できる道へと変化を遂げた。――わたしはもう白馬の王子様と一緒にいるから。


 これからはね、

 ずっとずっと一緒。


 ママの呼ぶ声が聞こえて、パパも一緒。海斗かいとも……みんな一緒だ。



「また遊ぼうね、みっちゃん」


「ああ、いつでもおいで……」


 白馬の王子は、みっちゃん。……あっ、満さんだ。

 それが、わたしの夢の一コマ。それを人は思い出と云うけれど……。


 ならば、蘇る夢という名の思い出の数々。

 わたしは、あの太い腕に何度か抱かれた。

 あなたと一緒に過ごした時間は、いつも温かな夢の中にあった。


 約束があった。わたしはお姫様プリンセスになるの。

 そこで目を覚ました。「おはよう」これからが新しい出発だよ。



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