第三十三話 物語の糸が切れた? 彷徨える魂は何処へ?


 まるで、音羽おとわが常備している赤い糸のような、


 それ以上に運命を操っている赤い糸が、プツリと切れるように、何と回想シーンの只中ただなかで終わった。だから、きっと何処どこか、ときは切れた糸を捜しているのだと、


 ……そして、再び鴇視線の話に戻れるよう、戦友たちは固唾かたずをのんで待っていることだろう。――と、そう信じたいものだ。


 だからこそ、時間軸の混乱を避けるべく説明を加えてあげるなら、現在は昭和……。


 回想の中のこの世界では、だれもがまだ、昭和より先の年号を知らない。まして『平成』なんて年号が存在するなんて、思いもしない時代なのだ。



 で、あるなら、

 今回ばかりは、次年号どころか、明日をも知る由もない状況と思えた。


 異世界とか転生とか、あまり馴染なじみがなく、あの世の方がまだ飲み込める。もしもこの場所が、あの世であるならば、きゅうニイに会えると思えた。


 ……旧ニイ。


 お兄さんといっても、それ以前に俺は孤児。実の兄貴ではなく、とある施設の近所にある確か……六階建マンションに住んでいた三つ上のお兄さん。名前は旧一きゅういちと書いて、もとかずと呼ぶ。さらに愛称が旧号きゅうごうだから、きゅうたすにいで『旧ニイ』と、呼んでいた。小学五年生から六年生の頃だったかな? 旧ニイはよく遊んでくれた。そこは珍しく二年以上も過ごした施設で、穂積ほづみの町にあった。


 それにしても、

 どの様にして出会い、どうして仲良くなれたのだろう?



 ……そうだ!


 旧ニイの妹に、星野ほしの智美ともみという同じクラスの子がいたからだ。彼女が風邪で欠席した日に、名字も名も忘れたが担任からプリントを渡すよう頼まれて、彼女の家を訪ねた。


 それが出会いとなった。

 ここで再会できたのなら、……ずっと一緒だね。


たがね、大切にしてたよ。

 また旧ニイと、プラモデル作れるね。スジ彫り教えてね』


 暗い闇が背景となり、

 コクリとうなずき、旧ニイは微笑ほほえんでくれた。


「鴇……」

 と、旧ニイと違う声が、かすかだが、遠くから聞こえてくる。


 女の声? 次第に大きく男の声も、複数? でも、闇の冷たさをも凌駕りょうがするような心地いい響き。いくつもの白い閃光せんこうが、編み物の糸のように重なり合って、今ここに、……白い世界を創り上げた。その中には、赤い糸の存在があった。


 思えば、危険なほど美しき白と赤のコラボレーション。

 白き抱擁の中、運命の赤い糸はつながり、元の十倍や百倍、強固なものとなって蘇った。


 ……旧ニイは、本当に美しい微笑みを残して、その姿を消していた。



 ――今ここに、さっきか、


 ぼんやりとはしていたが、パイプ椅子に座っていたのは母さんのはずだったが、

 でっかい図体ずうたい、とうか……あれれ? みつぐ、それに佳子よしこもいる。まれに見るツーショットが今、ここにある。見た目がすでに対照的で、並ぶと更なる強烈な印象を与えていた。


 だからこそ余計に、


「どうしたんだ、お前ら?」

 と、声にせずにはいられなかった。颯爽さっそうたる反応で、


「それはこっちの台詞せりふだ、この野郎」

 と、貢は言う。ここが病院だから、声のボリュームは抑えてくれているようだ。


 ……あ、病院ということは、つまり俺は病室のベッドの上にいるということだ。間違っても下にはいない。下ならば、敢えて言おう。「上布団うわぶとんの下だ」……って、誰に?


 実のところ、さっきのことはよく覚えていなかった。一度は目覚めたようだが、母さんがいて、医師がいて看護士がいた。酸素吸入用のマスクをして、デジタルの計器が幾つもあって、天井のレールからぶら下がっている点滴があった。今もあるが、二種類に減ったようだ。こう見えても、生死を彷徨さまよっていたそうだ。……そう、貢は言っていた。


 更に言うなら、


「情報屋がこんなもの忘れちゃいけないぜ」

 と、白黒の幾つもの六角形を描くサッカーボールが、


 ベッドの横の台。つまり、さっきまでデジタルの計器が置かれていた場所に、さらに述べるなら、貢が座っている右隣の台の上にだ。そこに置かれた。……と、何という偶然だろうか、まるでこんなこともあろうかと、すでに備えていたらしい模型用の鏨が、その傍らに飾られていたのだ。貢は知らないと言った。佳子も同様だ。



 ――じゃあ、旧ニイだ。

 あり得ないと思うけど、何故か素直に、俺は、そう思えた。


 だからかな、


「仁平に、お前のことをな『首根っこ掴んでも連れて帰る。今日限りで情報屋を辞めてもらう』って、思いっ切り上から目線で言っときながら、その本人が最後の最後でドジ踏んで、本当にざまあねえな」

 と、嫌ではなかった。素直に自分のドジっぷりが誇りに思えた。


「全くだ。本当に冴えないよな。……手術が施されて摘出されたのが、ピストルの弾が二発。なあ、本当に良かったのか? 彼女に会わなくて」


 えっ? と、思った。

 その言葉のトーン。その端から貢が何を問いたかったのか、すぐにわかった。


「……いいさ」


「本当に、いいのか?」


 くどいと思ったが、

「俺には務まらないよ、彼女の騎士役は。お前の右に出る者がいないんでな……」


「……そうか」

 少し間を置いてから、貢は「でもな、彼女に頼まれたんだ。また一緒に遊ぼって、これからもお友達だからって。……その時はな、俺からまた声をかけるから」


 それは。貢が言ったことは、遠い約束を意味していた。

 ――で、猫のようにしなやかに、佳子は、


「じゃあ、あたしの番ね。……鴇君には、責任を取ってもらうから。お姉ちゃんが元気になれるようにね、あたしとトコトン付き合ってもらうから」と、言った。



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