第二十話 師のもと集いし、我らこの地にあり。(おもてなしコース)


『……念のために、この舞台は『千里せんりの町』と確認する』



 未来みらいとの、最新版での格ゲー対戦を昨日からびていたのに、寸前のところでときに連れられ瑞希みずきは家路に……とはいうものの、同じ公営住宅の敷地内。


 未来の裏切りに、怨念のかげりを残しつつ、



『―― But that's a joke.  Yes, the boxed daughter puts a follow.』



 それでも『箱入り娘』という言葉。彼女に対して百も承知で似合わないが、いまだ井戸の中のかわずとしても、やはり世の中の狭さが物語られている。



『九棟から四棟まで』がいい例だ。


 アメリカと日本ならまだしも、同じ日本、同じ千里の町でありながら、しかもこれだけの距離なのに、これまでお互いのことを知らずに玄関の前。四棟の三階、三号室だ。思い浮かぶママの顔、心の準備が追いつかないのか? 玄関のドアを目の当たりにしていながらも固まり、ストップ状態の瑞希。……次第に、その表情が物語る。



 見ていられず。……が、本音だろうけど、


 ヌッと背後から腕が現れる! その先にある人差し指は、『ピンポーン!』を奏でる原因といえるだろうスイッチを押していた。某家庭教師みたいな存在感溢れる連続押しには程遠く、遥かに大人。更に鴇さんは、その上に気配を消してまで、スーッと密やかな風のように、わたし、北川きたがわ瑞希の背中から十センチ以内に立っていた。



 さて、振り返りはしないが、


 三人称から始まった第二十話は、コンマ零五秒で、一人称へのトランスフォーメーションを完了する。サーッと……鳥肌の立つくらいの旋律の渦中に於いて、


「は~い!」

 と、向こう側から、打つ鐘のように響く女性の声は、


 この長きに渡り、あるいはまたたく光の矢のように、昨夜から今朝にかけて創造されたイメージと……違って、明るい以外の何ものでもない。最高の『笑いの美学』と対面することになるのだ。……だが、言われる前に言っておきます。「くどくてすみません」



 バキュン!

 と、忘却の彼方まで打ち抜かれた。


 昨日のママのイメージ。そして、一昔前の幼き日々へと、手招き繰り返し。

 遂に……遂に遂に遂にっ! 『Open the door!』――遂に、顔を合わせた。


 思わず出た言葉……。


「こ、こちら、川合鴇さん。あ、あの、ママ……ハッ、お、お母はんに会いたいって言ってたから、つ、つ、連れて来たのっ」という感じで、悪夢のように噛み噛み。泣きそうなほど顔が熱い。未来君のお父さまの前なのに。ママを訪ねて来られたのに。


『ああっ、終わった感、満載だ……』



 すると、プッと、


「何て顔してるの?」って、ますます「ブハハハ!」のレベルまで到達!

 ……したかと思いきや、「ありがとうね、瑞希」と、しんみりな場面。


 ここに、会話が存在するのだろう。


 しかし、会話は存在しない。ホロッとするわたしを見て、ママの表情が和む。あの日もそうだった。思えば、ずっとそうだったと思う。……今になって、氷山の一角も理解できてないかもしれないけど、ほんの少しでもね、


『親の心子知らず』の意味がわかったような、そんな気がします。



「あらあら何泣いてるんでしょうね、この子は……」と、ママの声。その通りで、涙が出ちゃってハンケチ―フで拭っている。それでも留まることなく「ごめんなさいね。せっかく鴇君が来てくれたというのに、この子が色々と迷惑かけたみたいで……」


 本当にその通り。

 だから、そう付け加える。


「いいえ、とてもいいお嬢さんですね。先生に似て、本当に優しい。僕が気づいてやれなかったことまで、息子のことを気遣っておられました。お世話になりっぱなしで……」


 そして、穏やかな声だった。


 とても深く……感謝感激。或いは報恩の思い。多分、頭の中では収まらないほど。ふと思いつくのが、可能な限りの一人称。これからも、この大地で、お世話になります。



『――おじさま。未来パパ。お父さま。未来君のお父さま。……この人に対して、心の中で何種類かの一人称を叫ぶ。何度でも。そしてポンポンと、思い出の赤い糸を引っ張るように、肩を優しく叩いてくれる。パパのように懐かしくて、温かかった。

 その末に、鴇さん!

 理由は胸に秘めたまま、ここに定着した』



 流れ星。今はまだ夕映えではないけれど、

 幕が切って落とされるようにと、願いを込め。或いは、そうではなくて誓願の意。


 ……グスッと、涙が止まるのを見届けるそのタイミング。「さあ、どうぞ」と、言ったか言わなかったか、はたまた別の言葉だったのか。ママは、玄関の中へと誘った。



『ここに、

 リビングがあったらいいのだけど、台所のスペース』


 ――との、ママの心の声が聞こえそうな一幕。されども、あとにはなったけど、握手の思いで挨拶。その代わりにお茶を振る舞う。時代は味方する。


 それは、丁度ちょうどこの年に流行はやった『お・も・て・な・し』だ。



 テーブルに置かれたお茶。湯呑ゆのみに熱いもの。

 選んだものは『ほうじ茶』だ。茶道の心は、某家庭教師にだって負けちゃいない。


 尋常に勝負だ!


 むっ……。むむっ……。こら瑞希、そんなににらまないのっ。と、ママの心の声が。


 でもね、ほらっ、ほらほら! 鴇さんの顔が綻んだ! グイッグイッと飲む飲む。


「瑞希先生、ありがとう。美味おいしかったよ」



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