第二十一話 娘と母の距離。お家までの距離。


 ……本当はね、近距離な場所。でも、近くて遠い所。


『ここは北川きたがわ家。四棟の三〇三号室』



「……知らなかったなあ」


「ええ僕も。ここに越して、もう七年になるのに……」


 台所。

 二対一でテーブルを挟み、それぞれの丸椅子に座っている。


 我が家には、それしかなくても威風も堂々と胸を張る。わずかな空間でも上座と下座の関係を守りつつ、最大のおもてなしに努めている。それがわたし、北川瑞希    みずきだ。



 その右隣にいるママ、ときさんの順で今、

 会話が、音符のように宙を泳いでいる。または、美しき調べを奏でていた。


 ムフフ&どや顔。


 その二種類ふたしゅるいそなえ、さらには誇りも高く両腕を組むイメージのママは、


「まだまだ」と、声高らかに、


「わたしたちは十六年も、ここに住んでるのよ。それでも鴇君が、こんな近くに住んでるなんて……。これだから団地ってやだね、ねっ、瑞希」と、急に振ってきた。


「えっ? うん……」


 わたしの方こそ、まだまだママのハイテンションな言動についていけなくて、もうそろそろ『これは大人の会話。わたしには関係ない』との台詞せりふが、脳を支配し始めた頃、


 バンッ、バン!


 と背中、イメージではなくここに実現。で、椅子は? ……と、思ったけれども、



 可能だ!


 物理的にも。丸椅子だから。

 そして、おまけにもう一つ。


「こらこらノリ悪いぞ」


 含み笑い。容易に予想可能な台詞。何よりも大胆不敵な目。

 これこそが。……ああ、これこそ、

 その挙句あげく


「先生こそ、お元気そうですね」

 と、鴇さん。


『テレパシー? だとすれば、ムムム……。

 今わたしが思ってることを、代わりに言ってくれた?』



 ……んなわけある訳もなくて、ただただ目のやり場、それをも上回るフォローとフォロワーの関係で、お悩み中のようにしか見えない。……まあまあまあ、ママにも言われていることだけど、決めつけは良くない。


「鴇君、それ三回目」


 と、ママは少しあきれているようだ。それでも繰り返し使われている台詞。きっと心構えと比例して台詞の種類も多彩にあるけれど、頭の中はショートして使いこなせない。


 白い煙どころか、

 瞬時に、頭の中が真っ白になるってことあるよね?



『素晴らしき再会の象徴』


 鴇さんが今、リアルにそれのようなの。……あっ、でもでも、

 わたしがそう思っているだけで、


「あはっ」と、笑えて、


「鴇さんがママの教え子だなんて、これって、きっと運命だね。同じ学園の卒業生。うんうん、わたしにとって大先輩。それから未来君のパパさん。とっても素敵だよ」


 ……って、やっちゃった。しかも、ママの見ている前で、


 ここ一番の盛り上がる場面! ガタッと椅子から立ち上がって、テーブルを挟み向かい合わせの鴇さんと、しっかり両手を握り合って、熱き視線で見つめ合っていた。



 あくまで自画自賛!


 だけども見事、ドラマチックに決まった。

 仕上げはね、

 やっぱりというか……。


「こら瑞希、お客様に何てことを」と言いつつも、もう一方で「鴇君ごめんね、娘が失礼なことばかりして。ちゃんと注意しておくから」と思ったら、また「それから瑞希、ママじゃなくて『お母さん』だって、何度言ったらわかるの? それに目上の人に対して、タメ口とは何事なの? もう社会人なんだから……」と、ママは顔色&声色、可能な限り変えながらもその果ては、ガミガミモードへ突入してしまった。


 そして「聞いてるの?」を連発しながらも、

 もはや怒っているのを通り越して、テンパっているようにしか見えなかった。



 この全体図を想像してみると、

 収集がつかない状態に見えて、ママよりもそっちの方に恐怖を覚えた。


 サーッと、血の気が引くそんな感覚だ。瞬間だけども。丁度ちょうどその時だ。


「先生!」


 と、その声が、

 一筋の青き閃光せんこうのように、または疾風はやてのように、場の空気を変え、


「……鴇君?」

 とあるいは、このようにキョトンとしつつも、ママを我に返らせた。


 でも、途切れない、お話は。


「先生、三学期ずっと休んでしまって、卒業式も出なくて……ちゃんと挨拶できてなかったですね。そのことは、本当にすみませんでした」……そう、鴇さんは言った。



 きっと、ママは知らないと思う。


 それは、わたしもイメージできないような理由があったのだと思える。 そんな翳りだ。


「――そして、時をて、またあなたに会えた。身も心も軽くして」

 と、ママは言ったのだ!


 鴇さんの何が見えるっていうの? 意味は分からないけど、わたしはママを凝視!


「先生、許してくれるんですか?」


「鴇君、許すもなにも、わたしはもう先生じゃないから……」



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