第十九話 ……ああ、仰げば尊しは、前回お話する予定だった。


『――お話を進めるその前に、状況を整理しよう。

 と、我が心の中で、そんなささやきが発生したのだ』



 それを文章化するならば、イメージカラーは勿論もちろんレッド。そう、警告に値する。


 緊急に手を打たなければ、と、そう思いつつも、

 舞台はいまだ二〇二号室の玄関を入りすぐの部屋。もう前々回から留まっている。


 したがって、もう多くを語る必要もないけれども、シチュエーションはXマス。赤い長靴を見立てた手編みの靴下。最初から、プレゼントの大きさを知っていたと思われる。


 それにしても、まあ……。

 六畳ほどの、ありふれたこの部屋に、よく四人も集っていたものだ。


 しかしながら、見た目ではなくて中身……つまり内容的に述べるのなら、あり得ない展開が実行されていた。上手く述べられるかは別として、女性の先生が、男子生徒と同じ部屋……ましてや、同じ布団ふとんの中で一夜を過ごし、互いに抱擁しあいながら目覚めるという場面を、その生徒の父親、だけではなく祖母までもが目の当たりにしているのだ。



 瑞希みずきは、瑞希ちゃんは……。

「瑞希先生」と呼ぶべきだろうか?


 ……否! やっぱりミズッチは、

 上半身を起こし、少しだけ布団から出て、赤い靴下から取り出したことによりXマスを超越。この俺、川合かわい未来みらいの十五回目のバースデープレゼントなのは、不動にも似たる紛れもない事実だ。たとえ親父もお祖母ばあちゃんも、この状況を公認していたとしても……。



 ハッとして、グッとくる。


 公認という言葉を使うのなら、

 昨日から今日までの行動に対しても納得がいく。……男と女、同じ浴室での裸の付き合いは、二人の秘密としても、ミズッチのゴムまりみたいにはずむ笑顔が物語っている。きっと自分が思っているよりも……演技は下手だ。と、いうことを俺は、本人を目の当たりにして声にして言う勇気は持ち合わしていないから、せめてうそつくのが下手で、その容姿にも合わせたような感じで純粋だった。……ということにしておこう。



「ねっ、やろっやろっ」


 またユサユサ揺さぶる。手を引っ張られながら、いくら大人といえども女性。それも容姿からは想像もできないような……おおっ、何という力だ。グイグイ引っ張られるぞ。


「まずいぞ、このままでは」


 布団ふとんから見事に脱皮!


 と、いう事態になってしまう。実は昨夜のことなのに、未だミズッチのパジャマの下に隠れる裸体が頭から離れずに……その上、胸とか、お腹までもが、それだけではなく、あらゆる部位の弾力……いやいや、想像していた以上に何処どこも柔らかく、俺には刺激が強すぎて、これもまた思春期のなせる業で……って、これ以上は、


 それでも半端なく、

 というよりかは容赦なく、ミズッチは大はしゃぎで、


「なになに? 未来君」

 という具合に、ぶりっ子? カマトトとも解釈が可能? あくまで笑顔だけど、今の俺には悪魔にも見えるミズッチの顔。だからこそ鉄槌てっついを……ではなくて、苦しまみれに、


「いいのか? 帰らなくて。ママと喧嘩けんかしたんだろ?」

 と、思わず声に出して言っていた。


 今はとにかく、布団から出ることは具合が悪いのだ。


 そう自然と、

 それでも必死にと、両方の眼をフル稼働して訴える。



「え、えっとね、それは……」

 と、タジタジ。

 ミズッチの笑顔が、急速な変化を遂げて強張こわばるのがわかる。


「瑞希先生、それはいけない」

 と、親父が反応してくれて、今はカーテン越しにこぼれる午前の光に照らされて、ミズッチが手に持っている本日付のプレゼント以上に、何よりも感謝の念があふれてきた。


「あ、あのね、未来君……」

 と、俺に助けを求めているのか?


 だがな、この期に及んで弁解など聞くつもりもなく、


「良かったね、瑞希先生。お父さんが一緒なら、ママも大丈夫でしょ? これで月曜日にまた、学校で、笑顔で会えるでしょ? 僕、楽しみだなあ……」

 と、本当に我ながら似合わないし、


 青春ドラマとかでよくある『後で覚えとけよ』とばかりに、『タイガー』の目でミズッチににらまれたけど、それも束の間で、親父は早速さっそく颯爽さっそうと彼女を連れて行った。


 まあ、細かいことは多分にあるだろうけど、これも女性にはわからない思春期真っただ中の男子の生理現象なのだと理解してほしい。『許せよ、瑞希』とつぶやいたので、


 まっ、良しとしよう!



『――落ち着きを取り戻した未来は、これより祖母とともにバースデーケーキをしょくす。その後に、塗装途上のプラモデル作りを再開することにした。バースデープレゼントのヒロストの最新版は、瑞希が母と仲直りできた暁にと、楽しみに取っておくことにした』

 さあ! 本当に束の間だったけども、今度は北川きたがわ瑞希の番だ。



 パジャマ持参、替えの下着まで用意していた。恐れ多くも……洗濯機を御拝借ごはいしゃくして、我だけではなく未来君のも合わせて洗濯、乾燥にまで至り、ハンガーや洗濯挟みもお借りして干していた。その果てに、昨日と同じファッションスタイルへと戻った。


 しかしながら、お楽しみまで、昨日に戻った。


 ヒロストの最新版……何かしら約束があるから、また会える。

 何でもいいの。クスッと笑える。トキメキにも似た期待。ともに一夜を過ごした未来君へのおもい。この時ね、すべてが兼ね備わった。……そんな気がしたの。


 丁度ちょうどそのタイミング、おじさまは、

 ……ううん、ときさんは、隣を歩くわたしを見て、


「瑞希先生の名字は『北川』ですね。もしかして、お母さんは学校の先生でした?」

 と、訊いてきた。ここはもう四棟の前、赤いポストが見える。


「はい、そうですが……」



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