第十六話 想い人来たる! テーマはタイムリープ。


 ……引き続いて、五人目の登場人物となる川合かわいときの場合。



 ここは九棟の出入り口の付近。

 決して広いとは言えないこの場所に、実に色んな人が集まっていた。


 引っ越し業者の若人わこうどが二名。お袋。華麗なる一本背負いにより、この俺を投げ飛ばした『海里かいり』という名の少女……正直に言うと、タイムリープしたかのような容姿。今だから言えるけど、俺の初恋の人に似すぎていた。きっと、この頃に巡り会えたのなら、片思いしなくて済んだ。なぜなら高校生にもなってない素晴らしい時だから。



「お姉ちゃん、またやったの?」

 弟と思われる少年が、その少女に声をかけた。


「あはっ、またやっちゃった」


 いま流行はやりの『てへぺろ』……を、愛嬌あいきょうたっぷりに少女が見せた。二人が並ぶと髪の色は同じ。背も同じくらい。違いはあっても、それなりには似ている。


 しかし今、それ以上のものを見ている。


 あの頃に、もしタイムリープが可能ならば、きっと証明できると思う。その少女が言った『ママ』という人物が、激似と呼べるほど。うりふたつに近いことを。



「すみません、うちの子がとんでもないことを……。お怪我けがはないですか?」

 と、地面に尻餅を着いたままの俺に、その人物は声をかけてきた。


 しゃがんでいる分、距離は近い。


 桃色のリボンで束ねている栗色の長い髪。色白な顔に面影を見て、丸い眼鏡の奥の青く澄んだ瞳には、あの頃と何も変わらないままの、初恋の人と確信させた。


「き、君は」


 この期に及んで、その先が出ない。……いや、それで良かったのかもしれない。


 そこまでなのだ。君であることは間違いないとしても、君はきっと、俺のことなんか忘れている。もし覚えていたなら、それは宝くじを当てるよりもはるかに低いコンマ何単位の確率だろう。もう三十年になる。いいお子さんがいて、きっといい旦那さんがいて、それで君が幸せだったら、その答えを求めるのは止めよう。


 ――そう思えるだけで充分だ。

 そう自らに言い聞かせようとした。その時のことだ。



「……リンダです。元気そうだね、鴇君」

 と、君は言った。あの頃と同じ笑顔だ。


 それは如何いかなる賭け事をも通用させぬ、コンマ何単位の確率をくつがえす瞬間だった。


 夢のような世界だけども、

 本当に、かけがえのない、出会いあっての再会がここにあった。


「リンちゃんも、元気そうだね……」


「ありがと。今も変わらずに、そう呼んでくれるのね」


 もう三十年になる。


 募る思いが沢山たくさんあるように、

 あふれんばかりに、話したいこともあるはずだけど、どれも言葉にできなかった。


 恋は盲目というけれども、

 周りを照らさないスポットライトの中、二人だけの世界を演出するのに夢中だ。



 懐かしきロボットアニメのバリアーのように、誰も触れることのできない世界。


 ……そのはずだった。


「パパ、こっちこっち」


 と、当時のリンちゃんを再現したような、先程の『海里』という名の少女……もう『海里ちゃん』でいいか。の声が、意図も簡単に割り込んできた。そして俺は、『パパ』という人物を目の当たりにした。つまり、その人物が、リンちゃんの夫ということだ。


「よう、七転び」


 俺を見て、その人物……いや、やつはそう言った。

 手を差し出したのだ。だったら俺は、その手をグッと握って、


「何だと、八起」


 と言いつつ起き上がった。……七転び八起き。これが俺たちの合図だ。

 これがあったからこそ、三十年の時間をて、俺たちはまた会うことができた。


「鴇、おっさんになったなあ……」


 二言目はそれかい。

 ……と、思ったが、まあいい。昔と何ら変わってない。

 奴は俺の名を、一目で俺だということもわかっていた。


「お前もな、みつぐ


 だったら、これでお相子あいこだ。昔も現在も互角のようだ。白髪交じりでお堅そうな眼鏡をしているが、俺も一目で奴だとわかった。百八十五センチという長身で更に面長。七対三の髪型が、眼鏡レンズの奥の涼しい目を引き立てており、俺の戦友であり親友の出門でもん仁平じんぺいに匹敵する真面目キャラ。本当に特徴の塊みたいな奴だ。



 それに何よりも、奴が片思いの原因だ。

 ……しかし、俺たちの関係は、もっと深いのだ。


 俺たちに、タイムカプセルというものはないが、

 再会が、再会を呼ぶように、同じ日、同じ時間、同じ場所で、俺たちは今こうして、ここにいる。それは記憶……メモリーとしてつづられている。


 そんな中で、リンちゃんは、


「鴇君、貢とは会ってたっけ?」

 と、不思議そうな顔をして訊いてくるのだ。



 嗚呼、何たることだ!


 思い出の糸を手繰ると、リンちゃんは一度も、俺と貢が会っている場面を見たことがないのだ。……いや、そうでなければならない理由があった。今はただ『俺と貢も、つまり戦友と呼ばれる者たちは陰で動いていた』としか言えない。この場にお袋がいるから、これ以上は語れない。貢にとっても同じだ。海里ちゃんや、まだ名も知らぬ坊やがいる。何よりも、そばにリンちゃんがいる。だったら……選択肢は一つだ。


「またゆっくり会おう。俺がお前とリンちゃんに再会できたことを祝して乾杯だ」


「ああ、楽しみにしてるよ」


 早坂はやさか貢もまた、俺の戦友であり親友だ。この件を、笑顔で了解してくれた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る