第七話 前回に引き続いて、瑞希の休日込み六十%の取説。


「演劇部に興味ある?」


 その一言はあまりにも唐突。しかも単刀直入だった。


「ないない。どのクラブにも」


 それでも、未来みらい君は、いつものように答えてくれる。

 わかっていたことだけど、少しばかり溜息ためいきが漏れる。


「そうだよね。ごめんね、変なこと訊いて」


 わたしは、その場から立ち去ろうとした。すると、左の手首をつかまれる。


 えっ? 振り向いて、またも顔を会わせてしまった。


うそつくなよ、泣いてるじゃないか。……どうしようって、困ってるんだろ? もっと諦めずに声掛けしろよ。ミズッチが顧問の演劇部なら、俺、興味が持てるのによ」


 ……怒られた。でも、

「ほんと?」


「ああ、男に二言はない」


 その言葉通り、未来君は爽やかな空気を感じさせながら、胸の前で腕を組んだ。

 そんな彼に、わたしは男気を感じた。


 そして、わたしは先生の前に……やっぱり女だと思い知らされた。


 彼はついさっき、わたしの左の手首をはっきり見た。なのに一言も、それについては何も訊いてこなかった。きっと、一生消えることのない傷跡。それは、先日の梅雨入りを告げた雷で、わたしがパニックになったのにも通ずることだと思える。


 ……これでも、小さな頃よりマシになった方。


 わたしの『取説とりせつ』を知らない人が見たら、きっとドン引きすることだろう。



 それで、このごろ思うこと。


 それは、わたしは今でも教育実習生なのだろうか? 憧れの『ハッピー先生』を思い描いて出発した四月とは、随分とかけ離れた境涯のように思える。例えるなら、かえるの子は蛙でも、まだお玉杓子たまじゃくしにもなれない現実。ある種のライフラインも使いながら使って調べてみたところ、教育実習の期間は三週間で、五月から六月の間に行われるそうだ。ひざ詰めの対話どころか、その連絡事項もないまま、いまだこの学園に勤めている。それも、中等部・三年一組の担任。さらに演劇部の顧問という肩書かたがきまで、何の変化もないまま、付いて回る。……それでも、取得した教員免許は、わたしの手の中にある。



 未来君が三年生になって初めての登校日に履いていた迷彩ズボンのように、学園が戦場であるなら、本日は『戦士の休日』とも、銘打めいうてるだろう。


 だからライダースーツはお預け。それに伴ってバイクも。


 月曜日からの戦闘に備えて、お家で休養を取っていることだろう。……そうであるならば、わたしは今、お家以外の場所にいる。そのヒントは、身も心も開放できる場所。



 そして、そばには幼馴染おさななじみがいる。二人きりでサタデーナイトを過ごし、募る思いのままベッドの上へ……。目覚めると、白く柔らかな光が、わたしたちを包み込んでいた。


 息がかかるほどに近い彼の顔。とっても綺麗きれい。昔は、わたしより可愛かわいくて、よく女の子と間違われていた。としは一つ違い。わたしの方が年上。でも正確には一学年。わたしが三月生まれだから。きっと小さな頃とは……違う関係に変化を遂げている。



「ヒロ君、おはよっ」


 と、ご挨拶。自分でもわかるくらい満面な笑顔。それとも、四方八方から映るミラーを無意識に見たからかな? 昨夜のことを想像すると、少し顔が火照てきた。


「それにしても、何かあったの? いつもと比べられないくらい積極的で、とても激しくて……。瑞希みずきちゃんが、こんなにもエッチな子だったのかと思うくらいで……」


 と、その想像は、彼の言葉を借りて表現された。

 で、少しだったのが、収拾がつかない所にまでいたって、


「ねっ、ヒロ君、テレビ見よう、テレビ。もう始まるよ」

 と、あたふたと、リモコンを手に取った時には、紅潮の極みに達したことだろう。


「あっ、そうだったね」


 日曜日の朝、毎週欠かさず見ている『特撮もの』二本。『魔法少女もの』一本の計三本立て。小さい頃から、ずっと見てきた。それはヒロ君も同じ。


 シーツの中では、まだ体をくっつけている。

 三本立てが終わっても、お互いの体温、鼓動を感じている。



「……ヒロ君、わたしのこと、どう思う?」


「どうって? とてもエッチな子だと……」


「違うの! わたしのこと、一人の女として見てくれた? 恥ずかしいことも、恥ずかしいところだって見せてあげたんだよ。もう子供じゃないんだよ……」

 と、ベッドから出て、カーペットの上に立っていた。


 一糸まとわぬとはこのことで、この部屋のミラーが、わたしの裸体を映している。すべてを見られるのは、やっぱり恥ずかしいけど、それでも一点集中で、未だベッドの上にいるヒロ君を見た。……そしてゆっくりと、ヒロ君はベッドを離れて、百六十五センチというその裸体をもって、そっと抱き寄せ、わたしの裸体を包み込んだ。


馬鹿ばかだな。瑞希ちゃんのこと、愛してるから、こうなったんだよ」


「あっ……」


 声が漏れる。普段とは違う声。……お腹に熱いものを感じる。硬いというよりも、脈打ちながら突き上げている。それにこたえるように、海にも似たような、まるで命の源と呼べるような切ない思いが、加速する呼吸のリズムとともにあふれてきた。


「ねえ、洗いっこしない?」


「えっ、何々? どこをどう洗ってほしいの?」


「意地悪! ヒロ君だって同じでしょ」


「そうだね」


 なつかしき響き。小さな頃、おとまりをして、それだけで楽しかった。


 でも、いつからだっただろう? 中学の時? それとも高校生? 今となっては、もうわからない。異性に興味を持つようになってから、自然と愛の営みに変わっていた。


 ……二人一緒に出た場所は、言うまでもなくホテル。それも頭に『ラブ』が付く。


「さあ、街へ繰り出そう!」と、言えたらかっこいいのだけれど、思いのほか田舎。ここは『街』という言葉が似合わない千里せんりの町。それでも、とにかくデートの始まりだ。


 と、同時にカサッ? という音。


 サッと振り向けど、姿はなくて、「どうしたの?」

 というヒロ君の声だけが、ぼんやりとする午前の風景の中にこだました……。



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