第五話 活動は下校時から。……すると、すぐ梅雨入りに。


 あくまで帰宅部を名乗る登場人物三人目・出門でもん恭平きょうへいの場合。



 ……窓から外を見た。

 五月晴れだった空が、今時分になって、やや灰色に変わっている。


 それは流れる緑でさえも、デジタル画像からフィルム画像へと、まるで思い出が繰り返されるように光沢こうたくを奪って、たとえ触れることができずとも、ザラザラするその感覚は目を通し、脳に覚えさせていった。


 そんな中で、四つ目の駅を下車した。

 登校ルートを戻っているだけのことなのに、随分と印象が異なっていた。


 あの頃、この場所にあった駄菓子屋は、今や百円ショップ。その隣は空き地。……銭湯は、その趣を変えないまま存在を維持しているが、それとは不似合いなコンビニが、止められている自転車の数とともに、その歴史を覆そうと構えていた。


 それでも俺たちは、同じ時代、この場所で巡り会えた。

 ずっと一緒だった。変わりゆくこの風景たちとともに過ごした。



 川合かわい未来みらいも、同じ景色を見ていたのだろうか?


 小学二年生の二学期、俺たちは出会った。彼は、お父さんとお祖母ばあさんと一緒に、この商店街から抜けて、もう少しだけ歩く公営住宅に引っ越して来た。


 その公営住宅に、俺は住んでいる。言うまでもなく家族と一緒。


 俺は八棟一階で、彼は九棟二階だ。

 さらに俺の父親と、彼のお父さんは同級生。しかも親友だった。



 今日、彼は学校に来た。……私服。匍匐ほふく前進で。


 春休み中、無免許でバイク事故をやらかし……。中学三年生になって、今日が初めての登校となった。それも、受験を控えるこの大事な時期にだ。学校が中高一貫で、高等部の進学を決めたからといっても、いくら何でも軽く考えすぎだ。ここはクラスの委員長としてガツンと、「なめとんのか!」と、一喝かましてやりたい。



 沸々と煮えたぎるハート。もうすぐヒートしそうな思いを胸に、目的地まで目前に迫った今、いったん八棟の一〇二号室に入る。帰宅部は活動に入る前に儀式がある。まず着替える。戦場から帰還した戦士が武装を外すのと意味は同じだ。そこから私服……民間人に戻る。それからが活動。そして煮えたぎるハートが、あることを思い出させた。



 それは、頼まれたプラモデルの塗装道具を届けること。……実は春休み中、俺も六十分の一スケールの宇宙服を着たような人型ロボットのプラモデルの組立くみたてを行っていた。主な色が緑の彼のプラモデルに対し、俺のものは赤。頭部には階級を示す飾りがあり、彼のものとは違う。この塗装道具だって彼から借りたものだ。しかしながら目的は同じ。


 俺たちは今回こそ、『千里せんりプラモコンクール』の優勝を目指している。


 それが俺たち帰宅部の活動だ。さっきまでは幼馴染おさななじみのよしみで味方であったが、これより先は敵に転ずる。帰宅部とは、孤独な戦いと知れという意味だ。で、あるならば、今日の訪問は、同志でありながら偵察も兼ねている。そこから勝利の道を開拓しようぞ。



 母とアットホームな会話を経て思考から覚めれば、我が身すでに敵陣。九棟の二〇二号室の玄関前にある……。勢い任せの攻めを遂行するつもりだったが、やはり彼は戦友。今では親友に値する。ここに来れば、彼の心情を察する思いに駆り立てられていた。



 彼は、俺のことを『ナルシスト』だと言う。


 そんなことを言う者は、記憶を辿たどれど彼一人だった。……ならば『自己中』と、俺は彼のことを罵るだろう。自分のことをイケメンだと思って、すぐ調子に乗るやつで、


「あ~ん、それ駄目」


「いいだろ? でなきゃ不公平だろ?」


 ほら、さっそく口説いて連れ込んだ。

 女子の声も聞こえて……って、つい最近、聞いたような声だな。それにしても悩ましい声だ。……それよりも、彼にガールフレンドなんていただろうか? そんなこんなで記憶の糸を辿るにも、「あっ、あん」と女子の声が激しくなってきて、


「おい未来! お前何やってるんだ?」

 と、ヤバいと思って声もかけながら、玄関のドアをたたいていた。


「おっ恭平か、上がって来いよ」


 ……? 意外に冷静。ドアには鍵が掛かっていない。それだけではなく、その奥の部屋のふすままで開け放たれたまま。「不要人にも程がある」と言っている間もなくて、その驚くべき光景に足を留め、俺はすくんだ。


 何と、いつも学校で拝見している白の長袖ブラウスに紺のスカートとは一変して、黄色のTシャツに水色のショートパンツという超薄着の瑞希みずき先生が、ほぼ密着した状態で、彼の横で女の子座り。手にはコントローラーが握られている。二人揃    そろって……。



 すると瑞希先生はニッコリ俺を見て、


「恭平君もやらない? PS4。瑞希とバトルしよっ」

 などと、言っている……。


「おいおい言っとくけどな、これ俺のだぞ。……それよりいいのか? 明日も国語の授業で生命哲学ってのをやるんだろ? 今日みたいに泣いても知らないからな」

 と、彼が言う。それで瑞希先生は顔を赤くして、


「ふん。二人より三人が絶対楽しいだもん。それに『明日』とは言ってないよ。わたしは『今度』って言ったんだよ。国語の先生をめないでよね」

 と、ふくれ面……。


「恭平、見てないで何とかしてくれよお」


 と、何とも言えない面白い顔をして彼は訴えている。ぷっと吹き出しそうな面構えだけど、少しは同情した。格ゲーは基本一対一で、可笑おかしいとは思ったけど、


「まあ、加勢してやるかな」


 との台詞せりふになった。するとガラス戸越しでも、この部屋を覆うような青白くて強い光が差し込んで即、大地を割るように雷鳴がとどろき渡った。


「えっ? ちょっと、ミズッチ?」

 と、雷とは別の意味で慌てふためく彼の体に、瑞希先生が「えっ、えぐっ……」と、泣き声を漏らしながら、震えながらもしっかりと抱きついていた。


 瑞希先生の涙みたいな大粒の雨が、梅雨の始まりを知らせた。



  

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