第三話 ありふれた朝。見慣れた風景のはずなのに。


 もしかして登場人物二人目だった? ……川合かわい未来みらいの場合。



 ……今日は、もう布団ふとんに戻ることはなかった。


 玄関のドアを開けて、外の世界を歩いている。

 目に映る現実の風景は、アーバンスタイルとははなれたもので、緑の草木が生い茂るようなカントリーロード。見慣れているはずなのに、とても新鮮に見えた。



 それとは真逆ともいえる昨日……。


 例えるなら、月曜の朝にも似た憂鬱な感じ。もしくは日曜日の夜の連続ドラマ。またはアニメが終わった後の、あの感じ。きっとだれもが一度は経験していることだろう。


 そのため、イメージが収集のつかないところまで膨らみ、朝、間に合う時間に起きられたのに、再び布団の中に潜り込むという始末。玄関のドアを開けることはおろか、そこから出ることもできないまま、ただ震えているだけだった。



 いつしか眠りにつき……今は、そのイメージも整理されて「何だ、こんなものか」と思えるようになって、目に映る風景たちのおかげで、五月晴れの温度を感じることができるほど、安心感が芽生えてきた。……この様な過程を踏む中で、今日一日、やっていけるようなビジョンが、少しずつだけど見えてきた。


 その中で最寄りの駅に着いた。改札を通ってホームに立つ。

 電車が来たなら、それに乗り込んで、四つ目の駅で下車だ。


 もうわかると思う。

 下車した後、また歩いて向かっている場所。


 そこでは確実なまでに、あの日、先週の水曜日に出会ったライダースーツの女の子と再び会うことになるだろう。……俺の場合、新学期を迎えてから、まだ一度も登校したことがなかった。だからといって、その女の子は同級生ではない。


 下級生はあり得ない。クラブの先輩でもない。


 否。……俺はどのクラブにも所属していない。

 あるとすれば帰宅部。そこに先輩と後輩の位置づけは存在しない。



 と、その前に、俺が彼女に向かって「女の子」というのは失礼にあたる。


 第一印象では年相応に思えないほど幼く見えて、それでもバイクのエンジン音と、ライダースーツを着ているから、俺は彼女に免許証の提示を求めた。


 ……今思えば、とても初対面の人に言えることではなかった。


 しかし彼女は笑顔のまま、ライダースーツのチャックを下して、わざわざ免許証を提示してくれた。それにしても、開いたチャックからのぞく胸の谷間は、いまだ十四歳の男子には刺激が強すぎて、本当に目のやり場に困った。



 免許証を見ると、一九九〇年の三月生まれ。

 ……と、すれば、何と二十五歳。

 住所は……同じ。四棟に住んでいる。

 北川きたがわ瑞希みずきというのが、彼女の名前だった。



 そんな彼女の第一声が、


「今日ね、未来君に会いに来たんだよ」

 ……だった。


 何で俺の名前を知っている? しかも下の名前。


 まだ自己紹介もしていないし、表札を見たというオチは通用しない。なぜなら、表札には『川合』という名字しか書かれていない。それなのに……いや、それ以前に、彼女は何で俺のことを知っている? ……どう考えたって、心当たりがない。



 そう思っている間にも、玄関を上がるなりブーツを脱いで……えっ? 途中まで開いたライダースーツのチャックを全開にして、それも脱いでしまう。現れたのは黄一色のTシャツを着て水色のショートパンツを履いているデブとまではいかないが、弾力がありそうな白い素肌。「えへっ」と笑いながら、すぐそばの俺の部屋に入ってドカッと座り、まじまじと、机の上に置いてあるまだ仮組のプラモデルを見ていた。


 ……プラモデル好きなのかな? と、思いつつも、


「それで、俺に何の用?」

 と、訊いてみた。


 怪しい以外の何者でもない。急に訪ねてきて、勝手に人の部屋に上がり込んで……俺がまだ中学生だからって、無防備にも程がある。今この部屋には男一人、女一人だ。


 それに、遠慮という言葉を知らないのか?


 つんいでお尻をこっちに向けて、人の部屋なのに物色して、


「あっ、PS4もある。しかったんだ。ねえねえ、これで一緒に遊ぼうよ」

 って、顔もこっちに向けたから、


「おい、答えになってないだろ?」


 彼女は……いや、こいつは何を考えているのだ?


 本当にイラつく。驚かして追い出してやろうか?

 それは言葉になって、


「状況わかってる? 今ここには俺と、あんたしかいないんだぜ」


 ……ぐすっ、と鼻を鳴らす音が聞こえて、

 あらら、言い過ぎたかな? と、思うと、

 彼女の瞳が潤んでしまって、しおらしく正座までしてしまって、


「……ごめんね、君のことが知りたかったから。わたしね、君のクラスの先生なの」


「はあ?」


 驚きを通り越して聞き間違い? どう見ても、そう思えない。


 すると彼女はケロッと、目を爛々らんらんに輝かせて、


「それより格ゲーなら自信ありありだよ。ねっ、一緒にやろっ」

 それでもって、俺の体を揺すりまくる。



 ……と、まあ、こんな感じで、


 ライダースーツの女の子とは、北川瑞希という二十五歳の女。学校に入れば、きっと生徒と見分けるのが難しいだろう。それでも、俺の担任の先生……ということになる。


 それから、彼女が何かやらかすのではないかと、不安になる。


 しかしながら、それを楽しみにして、俺は今日から学校へ向かうことにしたのだ。



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