第一部 舞台は、少し未来へ。

第二話 まさかの空想オチ? ……でも、ライダーの正体は?


 平成時代が始まって、もう二十七年。

 西暦にすれば二〇一五年で、千里せんりの町も、すっかりアーバンスタイル。


 夕闇の国道にはヘッドライトの河が流れ、その中を、緑の閃光せんこうが針を縫うように泳いでいる。滝のような坂を下ると、あっという間に目的地。バイクのボディよりも濃い、緑のヘルメットを脱ぐと、なびく黒い髪の隙間から何種類もの光を受けて、宙を舞う汗がまたたく星のようにきらめいた。


 黒でもやや茶色いブーツで、堂々と大地に立つその姿は、素顔を現した特撮ヒーローのようにも見え、またはロボットアニメのエースパイロットを彷彿ほうふつとさせている。ボディラインをそのまま描いたライダースーツが、そのことを鮮やかに物語っている。


 そして考える。

 何故ここまで来たのだろうか?


 それは、一等星がよく見える場所だからだ。


 相棒ともいえるマシーンの、昆虫のようなメタリックなボディには、各部のメカに対する注意事項や説明を、記号や英文で事細かく表現したデカールが無数に貼られている。


 かなりのバイク好き。一日一度は必ず運転する。特に休みの日は、朝から晩まで走り続けるという有様。手入れや洗車は決して手を抜くことなく、我が子のように、それとも恋人のように……まあ、どちらも経験はないが、とにかく丁寧ていねいのようだ。


 話は、いよいよ専門用語か飛び交うところまで進みそうだけど……実は、免許がない。

 否。それ以前に、まだ免許が取れる年齢に達していない。


 まだ十四歳だ。


 今はプラモデル作りに夢中で、それもバイクとは関係のない宇宙服を着たような人型ロボット。ヘルメットみたいな頭部。それに脚部。あと胴からランドセルにかけての動力パイプが魅力的で、六十分の一スケールだから三百ミリある。やっと仮組が終わって、一つの目が赤く光る仕掛けと、塗装の工程を想像しているうちに、ついバイクに乗って走っているビジョンが見えた。……つまりは、空想オチだ。


 ここは公営住宅の九棟の二〇二号室。親父は会社。お祖母ばあちゃんも親父の仕事の手伝いで同じく会社。部屋には俺一人。お袋は……俺が小学二年の時に離婚して出て行った。



 それから、川合かわい未来みらいというのが俺の名前だ。


 まるで女の子みたいな名前だけど、

「ふざけるな! 俺は男だ!」と、言ってやりたい。



 今日は水曜日だから来ないけど、いつもは今時刻くらいに家庭教師が来る。

 もちろん土日祝も休みだ。


 ついでに言っておくが、俺は何日も学校へ行ってない。別に『いじめ』に遭っているわけではない。学校が嫌いというわけでもないけど、まあ、この右脚が治るまでは……というよりかは、気分的に行きたくないということだ。つまり、やらかした。バイクを盗んで事故ってしまった。もちろん無免許だ。それも、間抜けなことに電信柱に激突! すぐ返すつもりだったのに、ただ風を感じたかっただけなのに、目も当てられないくらいバイクは破損……俺は病院に運ばれて、生まれて初めて親父にぶたれた。


 親父は俺に甘い。


 俺をぶつ時、見てられないくらい親父は泣いていた。

 それから、このプラモデルをプレゼントしてくれた。



 今日もまた、もう学校は終わっているのだろうなあ……。


 この時間になると、いつもそう思う。

 ……あっ、話は脱線したが、その家庭教師は親父の会社で働いているパートさん。『おばさん』ではなくて『お姉さん』……ぷっ、と笑いそうになった。



 やっぱり似合わない。

 女は女だけど、俺には兄貴的な存在だ。


 親父がそいつ……ではなくて『山田やまださん』に別料金を出して頼んだ。俺の学校の卒業生だそうなので、大先輩にあたる。見た目も、やんちゃしていただけあって迫力満点だ。


 でも、見かけによらず面白い。学校の授業を三倍にしたくらい楽しい。いつも礼儀正しくて、お祖母ちゃんにとても優しくて、この間は料理まで作ってくれた。



 ……あっと、エンジン音が聞こえてきた。


 ん? 今日は水曜日、お休みのはずだけど? 階段を駆け上がる音まで聞こえた。

 そしてチャイムは一回? いつもは連チャンなのに?


「は~い」

 と、玄関のドアを開けた。



 すると、目線は上だったのに今日は下。リアルな竜が描かれた紫のジャンバーではなくて、緑の虎が描かれた艶のある黒いライダースーツ。それが似合わないほど、ボディラインがハッキリしている。女の子に対して言いにくいことだが、ぽっちゃりだ。背は百五十……かな? もちろん俺より低い。ショートボブの丸顔でニコッとしていた。


 で、まず俺が思ったことは、


だれ? こいつ)

 見た感じ中学生? 頑張がんばれば、高校生にも見えるが……。



 やっぱり同じ過ちを繰り返してはならないということで、


「あっ、余計なお世話かもしれないけど、免許持ってる?」

 と、第一声がそれになってしまった。


 女の子は、

「うん、持ってる」

 と、普通に……。


 俺が、えっ? と思ったのは、そこではなくて、ただでさえボディラインがハッキリしているライダースーツの首元からチャックを開けて、胸元をゴソゴソ……の、ところだった。その行為は、俺にしてみれば、あんまり見たらまずいというのか……そう思っているうちに、


「ほら、免許」

 と、ジャーンという感じで、胸元のチャックも開けたままで、わざわざ見せてくれた。


 そこには、色んな意味で驚きしかなかった。



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