日常OSTを切り替えるだけでこんなにも幸せに!

ちびまるフォイ

心の声を帰るだけでこんなに幸せ

人生がバラ色だったのは結婚する前だったように思う。


家庭を持ってからというもの家のローンに家族サービス、

毎日毎日辞められない仕事に駆り出されていく灰色の日々。


「はぁ、なんだかなぁ……」


疲れ切った仕事帰りにふと見慣れないレコード屋を見つけた。


「このご時世にレコードって……入ってみるか」


最近はあえてレコード音質を楽しむツウな人がいるとか。

そんな大人の趣味でもたしなもうかと店内に入る。


「いらっしゃい。日常OSTへようこそ」


「なんかレコード屋さんらしくない店名ですね……。

 もっとこう、情緒というかクラシカルな感じにすればいいのに」


「うちはわかりやすさ一番だからね」

「OSTというのは?」


「オレの・サウンド・トラック」


「まったくわからねぇ!!!」


「音楽を理解するのに言葉は無粋だよ、お客さん。

 まあ、このレコードやるから試してみると良い」


「あのお金は?」


「うちは金目的でやってないからね。金はいらないよ。

 そのかわり、少し音を変えるだけさ」


「はぁ、でも、うちに再生器ないんですよねぇ」


「耳はあるだろ?」

「は?」


「そのレコードを食べてみなさい」

「うそぉ!?」


レコードを板チョコのようにバリバリとかじった。

さっきまで静かだった店内に癒やしのミュージックが流れ始めた。


「なんだ? 急にBGMが聞こえるように……」


「あんたが今食べたのは、この店のサウンドトラック。

 だから、あんたの耳にはこのBGMが聞こえるようになったのさ」


「すごい!! どうなってるんだ!?」


「あんたの心の音をちょっと変えただけだよ」


すっかり気に入って「朝」や「夜」のレコードを手に入れた。

家に持って帰ると、小言を言われそうなのでその場で食べた。


すると、夜のロマンチックなBGMが流れ始めた。


「おお……! いい曲……!」


「OST変えたくなったら、また寄りなさい」


BGMひとつでこうも変わるものなのか。

小汚い喧騒にぎわう夜の繁華街も、BGMひとつで印象が切り替わる。


その夜はいい気分で布団に入り朝を迎えた。


翌日は昨日食べたレコードの影響で爽やかな曲で目が覚める。


「それじゃ、行ってくるよ」


新婚以来、封印してきた挨拶すら自然と口に出てしまう。

爽やかなBGMが朝を彩り、今日一日を良い気分で過ごせそうだ。


「バカ野郎! 何度注意してもお前はミスするな!!」


――ぜんぜんそんなことはなかった。


しこたま怒られた腹いせにレコード屋さんに入ると、

店主は待ってましたとばかりにレコードを準備していた。


「今日はだいぶイラついているようだねぇ」


「理不尽なことで怒られたんですよ。まったく。

 なんかこう、スカッとするOSTありませんか?」


「それよりもこっちがいいんじゃないか」


「ノイズOST?」

「まあ食べてみなさい」


レコードを食べ終わっても変化は特になかった。

騙されたと思って外に出ると、暴走族がエンジンを噴かせてバイクを走らせていた。


けたたましい音が聞こえるはず……が、むしろ心地良いSEになっていた。


「あ、あれ!? すごい! バイクのエンジン音がホトトギスの鳴き声に!」


「今食べたのは差し替えOST。それのノイズ系さ。

 お客さんが不愉快に感じる音は自動で別のOSTに差し替えてくれる」


「超便利じゃん!!」


翌日、上司の日課になりつつある朝説教の時間が訪れた。

しかしいくら怒鳴っても叫んでも上司の血圧が上がりすぎてぶっ倒れても

俺の耳には爽やかな清流のような音が聞こえていた。


「聞いとるのか! 少しは反省した顔をしろ!!」


「ええ、反省していますよ。部長こそ、少し落ち着いてください」


不快が取り除かれてむしろ余裕すら生まれた。

すっかり気に入ったので、その夜もレコード屋さんへ足を運んだ。


「いやぁ、あの差し替えOSTって最高ですね!

 オナラの音からなにまで、キレイな音にしてくれるなんて!」


「喜んでもらえてよかったよ。で、もっと欲しいんだろ?」

「わかりますか?」

「長くやってるからね」


店主が出したのはピンクのレコードだった。


「それも、差し替えOSTですか?」


「ああ、そうさ。ただ、これはボイスOSTだよ」


「それで俺の声がイケメンボイスになるんですね!」


「自分の声がイケメンになったってしょうがないだろう?」


店主に言われるがままにイチゴ味のレコードにかじりついた。

やはり変化はなく、家につくまでなにもわからなかった。


「ちょっと、今何時だと思ってるのよ」


家に帰ると不機嫌そうな妻の声……じゃなかった。

心をなでるような、甘えるようで、透き通るような声優のボイス。


「ボイスOSTってこういうことか!」


「なにニヤけてるのよ気持ち悪い」


その声でなじられると、すでにご褒美として換算される。

ノイズOSTとはまた別の効果がある。


その日は妻に熱いキスをしたところで、熱湯をかけられ気絶した。


翌日はもう会社なんかすっ飛ばしてレコード屋さんへ直行。


「おや、今日はずいぶんと早いね」


「ここにあるレコード全部食べに来ました!!」


「お、おい、それはさすがに……」


「どうせ無料なんでしょ? だったらいいじゃないですか!

 なにをケチケチしてるんですか、なんなら金を払ったっていい!」


店内にあるレコードを一心不乱に食べまくった。

今までBGMがなく味気なかったあらゆる場所に曲が行き届いていく。


「やめなさい! それ以上はーー」


俺は100枚目のレコードをくわえたまま病院に搬送された。



目が覚めるとガンを宣告する以上に深刻そうな医者が待っていた。


「落ち着いて聞いてください、いい話と悪い話と、私の身の上話があります」


「え゛……い、いい話は?」


「あなたは、どうやら食べ過ぎによる心臓病にかかっています」

「悪い話じゃないか!」


「いえ、ですが軽度なので患部を見つけてすぐに治療できます」


「ああ、安心した……」


ほっと胸をなでおろした。


「それで、悪い話は?」




「それが……あなたの心音がBGMに差し替わっていて、

 どこが患部なのかまるでわからないんですよ……」

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