1 / Hello World

 何も無い、ただ無が広がるだけの、世界として成り立ってすらない亜空間。

 そんな”無”に、一つの黒の何かが現れた。



 もはや現実が何だったのかすら区別がつかない。

 自分が居た場所は何だったのか?

 いつも通りの日常は?


 これが、現実なのではないか。

 今までは全て虚であり、今目の前に広がる”無”こそが、永遠に向き合い続けるものなのではないか。


 不思議と意識はある。

 しかし、暑さも寒さも、何も感じない。

 声を出そうと試みるも、音は出ていない、それとも聞こえないだけなのか。


 もしかすると、自分はとんでもない大罪を犯して罰せられてるとか。

 それとも、植物状態のようなものになっているのか。


 こんな時になって、妄想が捗るな。

 どちらが本当なんだ?


 腕を振り回そうと試みても、視界に黒いものが移り込むだけだ。

 これが腕か?


 指のようなシルエットを眺めていると、その間から何かがフッと現れた。


 なんだ。


 ”0”と”1”と思しき文字が並んでいる。

 幻覚だろうか。


 邪魔だ、とシルエットを退かすと、何の意味も持っていなかった”0”と”1”は、無数に集まり意味を持つ文字に変わる。


『Loading……』


 セカイの目の前に、線のようなものが現れる。

 手のようなものも、輪郭が黒い線のようなものになり、意識すると感覚こそないが、視界に映るものが指だと分かった。


 現れた線は人の形を型どり、用紙に絵でも描くように男の子の形を作る。

 男の子は自身の指を、何かを描くように空間に表していく。


 ”はじめまして、セカイさん。”


 ”僕はテルといいます。”


 ”助手としてこの空間に来ました。”


 ”これから、よろしくお願いします!”


 描き終えると、セカイに微笑んでみせた。

 それに対しセカイは何か声を出そうとしても、どうにも出せない。

 見様見真似で、空間に指で描いていく。


 ”はじめまして”


 それを書いた途端、字になっていた”0”と”1”は散らばった。

 数字が二人の身体をすり抜けて、四方彼方へと消えてゆく。





『Hello world !!』



 輪郭だけだった男の子に、だんだんと立体感が表れ、次に色が浮き出てくる。


「うわっ」


 先程は出なかった声が、出せるようになっている。


 強く握って、指を一本ずつ開いた。


 確かに感覚もある。

 影が無いからか、手の色がやけに濃くはっきりとして見えている。


 影が、無い……のか?


「シロノさんから話は聞いています。異世界創造、するんですよね? 」


 好奇心を掻き立てられたように興味津々で目を輝かせる青い瞳は、現実離れしているようだ。


 この状況が既に現実なのかすら……。


「すっげえ壮大な妄想……もはや現実だな」


「何を言っているんですか、全て現実ですよ! 僕はテル、あなたは創造神のセカイさん! 」


「あ、あーえっと……」


 テルの姿をよく確認してみる。


 シルクのようにサラサラの銀髪に、透き通った青い瞳、身体に見合わない大きな紫の帽子を被っている、まさしく誰もが想像すると言っていい魔法使い見習いのような子どもだ。


 そうしてじっくりと見ていると、テルが宙に浮いた。


「う、浮いてる? 浮いてる! 」


 そう言うと、テルはポカンとして、帽子を被れているか確認する動作をした。


「僕から見ると、セカイさんが浮いていますよ」


「へ? 」


 自分の足元を見て、立っている感覚が無かったことにようやく気がついた。


 無重力空間に放り出されたみたいな感覚だ。

 いや、そもそも俺は無重力を体感したことはなかった。

 そういや生身で無重力空間に行くと身体が膨張して形を保てなくなるんじゃなかったか……。


「地面に立ちたいんだけど、これどうやって向き変えるのかな? 」


 普段浮いてる事なんてなかったから、いざこうなると落ち着かないもんだ。


「地面、ですか。うーん……まだ、ありませんね」


「まだ? 」


「はい、僕たち以外、何にも無い世界ですから。地面すらありませんよ」


 テルは欠伸をして、自身の背中に手を伸ばした。

 伸ばした手に掴んであったのは、小さい紙切れだ。


「これ、よーく見ててくださいね」


 手から紙切れを離すと、紙は形を変えることなく回り、その場に留まり続けている。


 何とも奇妙な光景だ。


「上下の区別もついていないんですよ。今僕たちは、何も無い空間に漂っているだけなんです」


 つまりそれは……


「創造がどうだかって言われたけど、それと関係してる? 」


「はい、もちろん! 僕はその補助で来たんですから」


 ネクタイを外に出し、首につけたまま先っぽを僅かな力で押すと、ネクタイは首の周りを回り始めた。


 こりゃとんでもない事になってしまった。


「ところで、俺は何をすればいいんだ? 」


「……世界を創造するんですよね? 」


 本当にやるのかよ、というか俺世界を創るなんていう壮大なスケールの仕事したことないんだけど……。

 分かるわけねえな。


「ま、まあそうだな。よし、じゃあまず聞かせてく……」


「何をどうすればいいか? ですよね」


 最後までいう前に断ち切られた。


「え? ……うん、そうなんだけどさ。何か、マニュアルとかあるのか? 」


 テルは唸って、また自身の背中に手を伸ばした。


 何かポーチでも持っているのか。


「そうですね……マニュアルは持っていませんね。何せ世界を創造する試みは、初めてなものですから……お互い学んでいきましょう! 」


 おいおい大丈夫か?


 延々と回り続けるネクタイが鬱陶しくなり、スーツの下にしまった。


「シロノさんからセカイさんに、渡物があったんでした。これがあれば……」


 古びた羊皮紙のような紙に、マークのようなものがしてある。

 丸の中に三角があるが、落書きみたいに汚いマークだ。


「創造神として、世界を創造することが出来ます。さ、どうぞ」

 

 紙を受け取って、折りたたんでポケットにしまう。


 急に胡散臭くなってきたな。


 紙が想像以上に厚かったのか、ポケットに突っかかる。


「く、ぬ……! くうう! 」


「どうしました? 」


 強引にポケットに詰めきった。


「いやいや何でもないよ。それで、紙は貰ったけど、どうやって世界を創るんだ? 」


「はい、それについてなのですが……」

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(異)世界は掌の上で 倫理観 @Amagasa00

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