第45話 爽やかな朝

 休日の朝、珍しく目覚まし時計が鳴る前に自然と目が覚めた。肌寒さから季節が秋に移り変わったのだと分かる。

 折角早起きした事と心地良い気候も相まって、久し振りに散歩がてら近所の喫茶店へモーニングに出掛ける事にした。


 喫茶店に入ると、数人の老紳士達が銘々のんびりと新聞を広げたり、ぼんやりと煙草を吸っている。天井が高い店内は開放感に溢れており、陽光が差し込んでいつ来ても心地よい。

 店主はカウンターでサイフォンにお湯を注ぎながら、「いらっしゃい」と微笑んだ。

 僕は道路に面した窓際の二人席を選んで着席した。ここに来たら頼むメニューはいつも決まっている。特製のブレンド珈琲に卵サンドイッチのセットだ。

 注文を終えると、着席前に手にした新聞を手に取った。一面にザッと目を通し、気になった見出しを見付けたので四ページ目を開いた。

 暫くして、どうにも新聞の右端がパタ……パタ……とはためくのが気になり出した。上から微弱ながら風を感じる。この店に何年も通っているが、今までこんな隙間風のようなものが起こった事はない。季節柄エアコンは切ってあるようだ。

 僕は振り仰いで机のすぐ上にあるランプ、そして頭上へと目を向けた。

 目前にブラブラと揺れる汚れた靴底があった。スーツを着た男が天井の柱から首を吊っている。


「わあぁっ!!」


 僕は座り心地の良い一人掛けのソファから滑り落ち、カウンターまで後退あとずさって店主にすがり付いた。


「首、あそこ男が首吊ってる!!」


「えぇ?!何を仰ってるんですか?」


 初老の店主は怪訝な顔をして、僕が指差す方向と怯える僕の顔を交互に見比べた。


「いるじゃないか、僕の席の真上っ……」


 恐る恐るもう一度そちらを見ると、先程はっきりと見えた男の姿がない。


「そんな馬鹿な……」


「白昼夢でも見たんじゃないですか。さぁ、ご注文の品が出来上がりましたよ。良ければここで召し上がりますか?」


 珈琲の香りが立ち込める。僕は窓際の席が気になりつつも、そのままカウンターに座る事にした。

 店主と世間話をする事でようやく気持ちが落ち着き、その後は何事もなく家に帰った。

 その二カ月後に喫茶店に足を運んだところ、出入口に張り紙が貼ってあった。


『十一月十四日をもちまして閉店致します。長らくのご愛顧ありがとうございました。』

 

 飾り気のない文章からは、閉店した理由は分からない。窓から店内を覗くと、薄暗い中で振り子のように揺れる足が見えた。

 

(完)

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