第31話 中古物件

 私は友達から借りた漫画を夢中で読み続けていた。あとちょっと、この巻が終わるまで……そう繰り返すうちに、最終刊まで読み終わったのが夜中の二時。さて、用を足して眠るかと部屋を出た。

 両親は私の部屋から見て向かい側の部屋で寝息を立てている。同じ階のトイレを使っては水洗の音で起こしてしまうかと思い、一階のトイレを使うことにした。 

 寒い。今日は特に冷え込む。カーディガンの前を掻き合わせて静かに階段を降りていく。

 リビングの前を通り過ぎようとしたとき、ドアにはめ込まれたガラス越しにテレビらしき灯りが点いているのが見えた。私は食後から早々に自分の部屋に戻ったから、両親が消し忘れたのだろうか。

 それとも、両親のうちのどちらかが見ている?部屋の電気も点けないで?

 私は静かにリビングを開けた。テレビの前のソファには誰も座っていない。画面は放送休止画面になっている。リモコンをとってサッと消した。さて、トイレに行くかと部屋を出ようとしたら、再びテレビが点いた。

 ビクッと体が震えて、私は振り返る。どうして点いたんだろう……気味が悪い。素早くリモコンをとり、今度は何も起こらないかテレビを見つめながら消した。

 リビングには廊下の灯りがドアのガラス越しに僅かに差し込んでいたので、テレビの真っ黒な画面には自分の姿が映っていた。

 ……何か変だ。私の前には腰辺りまでソファがあるので、下半身が映らないのは当たり前だ。しかし、画面にはソファと私の胸から上の間に暗い闇が広がっている。何か、この隙間にある?

 私は生唾を飲み込み、テレビの画面から目を離さずに移動して、リビングのドアの取っ手をなんとか掴んだ。その後はバタバタと階段を駆け上がり、両親を起こして訴えかけた。


「ねぇ、リビングが変なの!」


「えぇ……?」


 父親は目をこすりながら、邪魔くさそうにちらりとこちらを見る。


「変なの、テレビが点いてーー」


 母は私の声を聞いて、むくりと起き上がった。


「あなた、やっぱり変よ、この家。この前私も言ったじゃない。昼間に一人の時に和室から変な音がするって。縄が軋むような、ギシッギシッていう」


 そんな事があったのか。


「だから、中古物件なんて嫌だったのよ!ここだって事故物件なんじゃない?あの不動産屋、やたら薦めてきたし」


 私たちが引っ越してきたのは、ほんの一月前だ。私も大きくなってきたし、賃貸の狭いマンションから郊外の一軒家へ越してきた。


「もう、いいだろ、こんな真夜中に。明日だって仕事あるんだよぉ」


 父は布団を頭まで被り直した。


「ねぇ、お母さん、どうにかしてよ」


 私は殆ど泣きそうだった。母は仕方なく私を自分の布団に迎え、翌日私が帰るまでに客用布団を両親の部屋に敷いてくれた。

 私はそこで暫くは眠ることになった。動悸がして眠ることが出来ない時がそれから幾度かあった。そんな時は母も同じらしく、二人で顔を見合わせて怯えている。

 父は相変わらず頓着ないようで、朝までぐっすりと眠っている。


「いま、引っ越し先を探してるの。もう少し待ってね」


 日に日にやつれていく母が心配になる。母は一日中この家の中にいるのだ。慣れる事は無く、むしろ存在感が大きくなっているらしい。


「お母さん、わたし自分の部屋なんてなくていい。早くここを出よう」


 私は母の背を摩る。風呂場の方から、何かが落ちる音がした。

 私たちが何をしたの。手遅れになる前にここを出ないと。


(完)

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