第32話 ビデオ通話

 彼女と付き合って一ヶ月になる。隣のクラスの吹奏楽部の子で、帰りがいつも俺よりずっと遅い。会って喋る時間がないから、毎日少しだけでも寝る前に電話かビデオ通話をする。

 夏休みに差し掛かろうかという時分だった。熱帯夜に耐えかねてクーラーを入れようとしていたところへ電話がかかってきた。ビデオ通話の方だ。


『こんばんはー、今いい?』


「どーぞ」

 

 俺はベッドに横たわった。彼女は今日、俺が前に褒めた部屋着を着ている。ピンク色のモコモコした素材でできた半袖のパーカーだ。

 話題は夏休みの事だった。花火に海に楽しいことで頭がいっぱいになる。翌日が休みだったこともあり、いつもより話が長引いた。ふと、画面がフリーズする。通信状況が悪いのだろうか。再開すると、彼女は首を傾けてニコニコしてこちらを見ている。


「ごめん、今止まっちゃってさ、画面が。俺が黙ってる間になんか言った?」


『いいえ』


「そう?でさ、話の続き。よければ海で一泊しない?昨年友達と止まった民宿が結構良くてさ。海鮮とか山盛り出てくんの。温泉も結構広くて気持ち良くて」 


 照れを隠すためにいつもより饒舌になる。


「……どう?」


『会いたい』


「え?」


『会いたい』


「今?」


 嬉しい反面困惑した。冗談だろうか。試されている?今、夜中の十二時半だ。彼女からこんなことを言われるのは初めてだった。


「俺も会いたいよ」

 

 口に出したが、途端に恥ずかしくなって俯いてしまう。


『行ってもいい?』


「こんな時間じゃ危ないし……いや、来てくれたら嬉しいよ?でもさ、痴漢に会うかもしんないし。俺が行ってもいいなら行くけども……」


 なるべく言葉を選んで発言する。彼女の家はチャリで十五分ほどの距離にある。こっそり向こうの家の前で会えば、彼女の可愛いお願いを叶えられるかもしれない。


『行ってもいい?』  


「うーん、危ないしさ、俺が行くよ?」


『行ってもいい?』

  

 彼女は先程から首を傾けたまま、口元だけが発する言葉の形に沿って動く。他は微動だにしない。機械みたいだ。


「……いいよ」


 時間をチラリと見る。まさか本当には来ないだろう。画面へ目を戻すと、彼女がコップで何か飲んでいるのが見えた。いつの間に持って来たんだろう。

 

「……ほんとに来るのか?」


 恐る恐る聞いてみる。彼女はキョトンとして、『あ、繋がった』と言った。


『なに、なんの話?来るって?』


「え?」


『ごめん、今までフリーズしててさ。結構長かったな。なんか言ってくれてた?……誰か後ろにいるの?』


 彼女は目を細めて俺の後ろへ目をやる。


「……いないよ」


 動悸がして、冷や汗が流れる。背中がやけに冷たくて、鳥肌が立つ。俺は息を呑んで振り返った。


(完)

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