第10話 遭難

 完全に失敗した。

 僕はどこかでこの二千メートル級の山を掌握したと驕っていたのだ。

 登山を初めて二十年になる。登山好きだった父の影響で幼い頃から山に親しみ、社会人になってからは友達と遊ぶ予定の入れず、週末は晴れていれば一人で山に登った。

 今回の山も、以前に冬の時期に二度登った経験がある。

 だからこそ油断したのだろうか。普段は絶対に行かない、登山ルートから外れた林の中へ潜り込んでしまった。

 

 激しい後悔のなか、大量の雪に押し潰されて、肺が圧迫されているからなのか、それとも酸素が薄いからなのかとても苦しく、僅かに出来た空間で息をしながら身動きが取れないまま朦朧とした。


 眠ってはいけないとよく言うけれど、あんなのは失神と同じだ。

 みんな意識を失いたいなんて思っちゃいない。


 そんな、努力でどうにもならない段階まで来た時に、ザクザクと音が聞こえた。

 とうとう幻聴かとも思ったけれど、音はどんどん近付いて来て、とうとう腕にダウン越しに何かが触れた。

 夢ではないとはっきりわかる。僕は必死に「たすけて」と蚊の鳴くような声を上げた。


 すると、いきなり僕の左腕が大根を抜くように引っ張られて、そのまま全身が雪の中かから抜けた。

 左腕だけで宙ぶらりんの僕の目の前には、巨大な真っ赤な二つの目を持つ毛むくじゃらの日本足で立つ動物がいた。

 まん丸な目で僕の顔を凝視するそれを見て、やはり夢だと思った。


 肌を刺すような寒さも、僕やこの化物が吐く白い息も全て夢なのだろう。


 その動物は片手で僕を肩へ担ぎ直すと、どこかへ向かって歩き出した。

 僕はもうどうでもよくなって、暫く眠る事にした。


 すると、今度は激痛で覚醒した。

 真っ暗闇の中、硬い岩のような地面の上でモチャモチャという音と、体を押さえつけられる感覚がして、腹に堪え難い鋭い痛みを感じる。異常に寒い。

 僕は恐る恐る腹に手を伸ばした。

 毛むくじゃらな何かに触れた。


 泣き喚きながら必死に助けを呼びもがいたが、やがて痛みも恐怖も無くなり、僕はただそこに横たわって何もかも考えるのを放棄した。


(完)

 

 

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