第9話 視線

 朝のラッシュ時に、人で揉み合う向かい側のホームの最前列に、毎日その男性はいました。


 黒のトレンチコートを着た、二十代後半くらいの高身長のビジネスマンです。 

 いつも気怠そうにスマホに目を落としていました。

 

 特にその男性に興味があるわけでもなかったのですが、同い年くらいなのと、降車時に便利という理由でわたしもいつも同じ位置で待っていたので、自然と目に入っていたのです。


 電車はいつもわたしがいるホーム側の方が早く来たので、男性を含め向かい側のホームの人々を取り残して発車しました。

  

 それが、ある日いつものように眠気が覚めない頭でホームの列に並ぶと、その男性がスマホも見ずにこちらを見ているのです。


 わたしを見ているとは思わなかったのですが、なんとなく気まずくて目を逸らしてしまいました。


 次の日も、その次の日も彼はこちらを見てきます。


 わたしは他の列に移動し、コートや人の頭の隙間から彼を盗み見ました。


 すると、彼と目が合ったのです。

 体は正面を向いたまま、無表情で瞬きもせずにわたしを見ているのです。


 わたしは気味が悪くなって、そのまま前の男性の背中に顔を隠しました。


 やがて、ホームにやって来た電車に人に押されながら乗り込み、向かい側のホームに背を向けるように座席の前に立ちました。


 しかし、背後にまた視線を感じ、寒気がしました。


 彼はどうしてわたしを見ていたのでしょうか。

 とても、わたしの事が好きだからとは思えません。

 何か無機質な執着をその瞳から感じたのです。


 わたしはその日から電車を一本早めました。

 彼の姿は以降、見掛けることはありません。


(完)

 


 

 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る