第5話 黒焦げ
結婚してから三度目の転勤でした。
子供を産んでからは初めての転勤で、構って欲しい盛りの6カ月の娘をあやしながらの箱詰め作業は、予想以上に時間がかかってしまいました。
しかし、引っ越し先は今までで1番良い物件だったので、越してからというもの私は満足した毎日を送っていたのです。
それも長くは続きませんでした。
気持ちの良い春の昼下がり、娘につられて寝室でうとうとしていた時のことです。
突然、娘が泣き喚き始めました。
昼寝の最中に泣くことは初めてだったので、どうしたんだろうと思いながらベビーベッドを覗き込みました。
すると、額の右上の方に黒いすすが付いているのです。
ぎょっとして思わずこすると普通に取れました。
私は娘を抱っこしてあやしながら、どこで付いたんだろうとベッドの中や縁など探しました。
すると、娘が頭を置いている方向、外側のベッドの柱の一部にすすが付いていました。
引っ越して置いたときはすすなど付いていませんでした。
いつ付いたんだろう、なぜ...
わたしはタオルで綺麗に拭き取り、なんとなく気持ち悪くてリビングに移動してその日の午後は眠りました。
また別の日、夫がその日は仕事が休みだったので、娘と寝室で昼寝していたのです。
わたしはキッチンで洗い物をしていたのですが、娘の泣き声が聞こえました。
手が泡だらけだったので、とりあえず夫に任せようと無視していたら、「なんだこれ!」と夫の叫び声が聞こえました。
驚いて寝室に飛び込むと、顔中すすだらけの娘がそこにいました。
「何があったの?」
「知らん、今見たらこうなってた」
夫は娘を私に預けて周辺をチェックし始めました。
とりあえず綺麗にしなくてはと娘の顔を拭こうとして、代わりにわたしは悲鳴を上げました。
よく見ると、すすは指の形をしているのです。
夫もわたしに似た声を上げました。
泣き止まぬ娘を強く抱き締めながら夫の視線の先を見ると、先日すすが付いていたベッドの外側、その真下あたりの地面がすすで汚れていました。
丁度2カ所、足跡のように、まるでベッドを覗き込むように。
「なんだよこれ、気持ち悪い」
ここ、何か変だ。
ここにいちゃダメだ。
しかし、夫はまだ越してきたばかりだから我慢しようと言って取りあってくれません。
仕方なく寝室は物置にして他の部屋で生活をすることになりました。
それ以来何も起きていませんでしたが、約2カ月、物置代わりの寝室でぼや騒ぎがありました。
火元は丁度、娘のベッドがあったあたりです。
今は本が積んであり、出火原因となるようなものは思い当たりません。
うちにやって来た消防の方が「またここか」と言っているのが聞こえました。
今度こそもうだめだ。
わたしは不動産屋に電話をかけ始めました。
(完)
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