第4話 愛の形
俺には先月出来た彼女がいる。
とても美人で愛想が良くて、身長が高いことを本人は気にしていたけれど、そんなところも可愛い一つ年上の女性だ。
名前は美帆という。
美帆と知り合ったのは合コンで、彼女から積極的にアプローチされて付き合うに至った。
前回の彼氏と別れて間もなかったこともあったせいかもしれないが、とにかく寂しがり屋に見えた。
付き合ったその日から仕事終わりに頻繁にご飯を作りに来てくれるようになった。
散らかっていた部屋はカラーボックスを買ってきて整理され、赤カビの生えた水場はピカピカになり、万年床も解消された。
俺たちはいつの間にか一緒に住んでいた。
美帆は全ての世話を焼いてくれる。
俺の愚痴も頷きながら全て飲み込んでくれる。
彼女が眠っているところは見たことがない。
俺が眠るときには赤ちゃんを癒すように撫でてくれているし、起きるときには既に朝食の準備をしてくれている。
最高だった。
俺はこの子と結婚するために産まれてきたとか寒いセリフも頭をよぎった。
そんな美帆が仕事中の自動車事故で亡くなった。
俺は今までの人生の中で一番悲しくて、気持ちの整理が付けられずにひたすら泣くしかなかった。
幽霊でもいいから美帆に会えないか。
どうにか夢の中に出てきてはくれないものか。
願い続けたが叶うことはない。
漸く人並みの生活が出来るようになった頃、美帆が掃除していた姿が懐かしくて、真似てみることにした。
それが思いのほかよかった。
美保と一緒に作業している気持ちになれたのだ。
料理もしてみた。
彼女の味には遠く及ばないけれど、次頑張ろうと言ってくれている気がした。
そんな生活をするうちに、すっかり俺は美帆と会話出来るようになってしまった。
始終一緒にいるわけで、仕事中に嫌なことがあっても慰めてカツを入れてくれる。
出張にだって一緒に行くことが出来る。
風呂にだってトイレにだって。
幸せだった。
しかし、これほど愛していたのに、一気に冷めて逆に彼女が恐ろしくなる出来事が起こったのだ。
友達からブログを始めたから見てくれと言われ覗いてみた。
折角だからコメントをしようとクリックすると、ログイン画面になる。
そこにはIDに美帆のものらしきアドレスと塗りつぶされたパスワードが表示された。
パソコンが記憶しているものだ。
もしかしてブログなんてやってたのか?なんて胸の中の彼女に聞きながらクリックしてみた。
『彼氏観察記録』とタイトルが付けられたブログが上がってきた。
え?と思いながら繰っていくと、俺たちが住んでいる部屋を俯瞰した写真が無数に貼られている。
顔は塗りつぶされているが、確実に俺だった。
毎日毎日、写真と卑猥な愛の言葉や俺の行動が細かく記載され、覚えはないが俺が他の女の子を見たというだけで、その子を特定したり、ひどく攻撃的な言葉を投げ掛けたりしていた。
記録は、付き合う前かなり前から付けられている。
その愛情に対する受け皿が俺にはなかった。
戦慄して立ち上がると、天井を見上げてカメラを探す。
天井には火災報知器しかない。
これだ。
ストーカーだ。
鳥肌が止まらない。
俺はなんて女と付き合っていたんだ。
倚子に登って火災報知器に手を掛けていると、耳元で何か囁く声が聞こえた。
俺の全身が粟立った。
いつも心の中で会話している美帆じゃない。
逃げ場がなくて、何故だか音を立てないように慎重に床に降りた。
ふと、何か水が腐ったような匂いが漂ってくる。
早く目を閉じたい。
何かを見る前に。
緊張がピークに達した頃、部屋の電気がバチンと音を立てて落ちた。
匂いは強烈に強くなり、今度はハッキリと耳に纏わり付くように「寂しい」と声が聞こえた。
(完)
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