第2話 けんちゃん

 僕の友達のけんちゃんが死んだ。

 小学校に上がって初めての友達で、暗くなるまで毎日一緒に遊んでいたのに死んでしまった。しかも僕の目の前で。


 その日、けんちゃんと森の中にある底なし沼を見に行くことになった。その沼は、かつて人が死んだことがあると噂があったのだ。


 僕らは放課後に森の入口である神社に集合し、拝殿の背後にひかえる広大な立ち入り禁止区域の森へこっそりと足を踏み入れた。

 梅雨の合間の晴れた日だったけれど、森の中は薄暗くて湿気ていて、踏みしめた靴の下の腐葉土からは水がしみ出していた。


 最初はハイテンションで進んでいた僕らだったが、三十分ほど進んだところで次第に飽きてきた。

 景色も変わらず、池がある気配もない。けたたましい虫の鳴き声がただ聞こえるばかり。

 そろそろ飽きてきたし、蒸し暑くてシャツが肌にはりついて気持ち悪かったので、そろそろ帰ろうと言おうとした時だった。

 けんちゃんが先に浮き足だった声を上げた。

「なぁ、あそこになんか見えへん?」

 けんちゃんの視線の先に目を向けるも、残念ながら期待したものはなかった。

「けんちゃん、あれ水溜まりやろ。もう帰ろや。ないって、そんな池」

「せやな」

 と、けんちゃんは残念そうに言って、僕らは行きで付けた目印を頼りに元来た道を帰り始めた。

 暫くすると、けんちゃんが仕切りに後ろを振り返り始めた。その顔は怯えていて、僕はけんちゃんに急かされるように足を速めた。

「どうしたん?」

「気のせいやと思ってんけど、こんなに水溜まりあったっけ?」

 けんちゃんは震える指先を後ろに向けた。僕が振り返ると、先ほどまで歩いていたところに水溜まりが出来ている。

 それどころか、あちこちに大なり小なり水溜まりが出来ていた。

 おかしい。こんなものはさっきまでなかった。

 突然得体の知れない恐怖感が襲いかかり、たまらず弾かれたように悲鳴を上げながら逃げ出した。

 すると、後ろから「助けて」と声が聞こえる。

 止まらずに振り返ると、けんちゃんが水溜まりに右足を取られて倒れていた。そのまま藻掻くけんちゃんは水溜まりの中に一瞬で引き摺り込まれていく。

 僕は無我夢中で走り抜け、とうとう森の入口にある神社に辿り着いた。


 住職が参拝客と談笑をする姿や、猫が日向ぼっこをしているのんびりとした光景が広がっている。

 まるで先ほどまで起こった出来事が夢のように思える景色だったけれど、枝でこすれた無数の傷や、泥だらけの靴を見ればあれは現実だったんだと認めざるを得なかった。

 僕は震えながらも足早に家に帰った。


 翌日からけんちゃんがいないと大騒動になった。僕は森の中でけんちゃんと遊んでいたが、別れたあとは知らないと答えた。


 怖くて本当のことを言い出せなかった。だって、僕が見捨てたとみんなが知ったらなんて思われるのだろう。あの時に戻って必死にけんちゃんの手を引っ張れば助かったかもしれないのに。


 けんちゃんの遺体は今も見つかっていない。ごめんね、けんちゃん。

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