【3】 闇は嗤い哭く 4

 階下から喚声とは別の声が聞こえだした。キビキビと指示を出す声、号令をかける声。杏樹の仲間の吸血鬼たちか。

 あたしはホッとして、肩から力が抜けるのを感じた。

 だが今気を緩めるわけにはいかない。パドルが手から滑り落ちそうなのを、握り直す。


「おい、あれ見ろ」

 大人達と階段をふさいで戻ってきた亨悟が声をあげた。


 無理矢理体を引きずり起こして、あたしはエスカレーター横のガラス窓の外を見る。


 下界。さっき、史仁がロケットランチャーを持った男を討ったガーデンのあたり……松明の明かりが仄かにあたりを橙色に照らしている。

 その中に、大筒を持った男が見える。そして、その男に横から斬りかかる人影があった。

 痩せた少年の姿。


「――榛真?」

 思わず高い声が出る。亨悟も窓に貼り付いて、間の抜けた声を上げた。

「あいつ何やってんだ?」

 何やってるって。

「あんたを助けに来たんじゃないのか」


 あれだけ怒って、亨悟の言葉を拒絶してしていたくせに。

 ――めんどくさいやつだ。それにいっつも、危なっかしい。


「そんな馬鹿な」

 亨悟はどこか気の抜けた声をあげた。

 喜んでいいのか、あきれていいのか、驚いていいのか分からないようだった。


「ここもふさげ。下に行く」

 あたしは窓から離れて、エスカレーターの方へ向かった。


「えっこんなとこどうやって」

「考えろ」

「いや待て俺も行くし!」

 あたしは男達の死体を飛び越え、ガタガタと音を立ててエスカレーターを駆け下りた。

 後ろで亨悟の悪態が聞こえる。

 窓の向こうで火矢が上からひっきりなしに射られて、蒸気トラクターを攻撃している。時折爆音が響くのは、やじりに爆薬でも仕込んでるのかも知れない。


 二階におりると、ここにもぽっかりと壁に大穴が空いていた。

 あたしはエスカレーターを離れ、その穴に向かう。


「え、おま、バカ、どこいくんだよ、俺を置いていくな!」

 亨悟の叫ぶ声を後ろに聞きながら、あたしは床を蹴って、壁の大穴から外に飛び出した。

 コンクリートの地面に着地する。ビリビリと足に衝撃がはしる。けれどあたしはすぐに駆け出す。


 男ともみあう榛真が、殴り倒された。

 ロケットランチャーは地面に転がっている。男は腰からナイフを抜いた。

 あたしは両手でパドルを握りしめて、とにかく足を前へ進める。勢いのまま、男の頭に向けて振り回した。


 男が吹き飛ぶ、その下にいた榛真は、身を守るように両腕をあげていた。

 その隙間からあたしを見て、ぽかんとして、それから一気に不機嫌な顔になった。憤慨して叫ぶ。


「お前、何をやってる!」

 予想外の言葉に当惑しながら、あたしは言い返す。

「お前こそ何やってる」

「うるせえ、いちいち俺を助けるな!」

 訳の分からない因縁をつけられた。なんなんだ。

「お前こそ、いちいち危険な目に遭うな。突っ走りすぎだ」


 手を差し伸べる。だけど榛真はあたしの手を取らなかった。

「うるせえ」

 吐き捨てて、ロケットランチャーを拾い上げる。

「後ろに来るなよ」


 むくれた顔のまま注意して立ち上がり、ロケットランチャーを肩に担ぎ上げた。走りまわるトラクターに照準をあわせる。

 榛真は少しのためらいもなく、引き金を引いた。

 ばしゅう、と発射音が響く。バックブラストで後ろの建物のガラス窓が吹き飛び、あたしのポンチョの裾がめちゃくちゃにはためいた。


 トラクターが爆発する、その直前に飛び降りた影がいくつか見えた。

 同時に銃声が響いて、あたしの足元に着弾する。逃げ出した奴らの方からと、どこか別の方向。今の攻撃で、的になったようだった。


 ずっしりと大きな武器は小回りがきかない。榛真はロケットランチャーを投げ捨て、走り出した。


「こっちだ」

 あたしは榛真の腕を引っ張り、銃撃に身をかがめながら、盾になるように外側を駆ける

 レストランへ行ったときの通用口から中に入れるはずだ。建物の影を曲がって――

 駆け込んだところ、隠れていたヤクザと鉢合わせた。眼前で、刀のようなものを持った奴が、奇声をあげて突進してくる。

 あたしはとっさにパドルを榛真の前に突き出して、押し止めた。


 パドルは榛真の胸を強打したようだった。呻き声を上げる。

 刀を突き出してくる間合いから離れるにはまだ距離が近い。かばうにも間に合わない。

 榛真が腰から包丁を抜いたが、それも遅い。


 相手の刃が届く前、銃声が鳴り響いた。頭上から。

 目の前の男が、額から血を流してひっくり返る。

 見上げると亨悟が、あたしの飛び降りた穴から身を乗り出して、銃を構えていた。榛真と目があうと、微妙な顔で笑った。


「榛真、俺」

「うるせえ!」

 降ってくる声に、榛真が怒鳴り返す。亨悟は面食らった顔になった。

「なんだよそれ、人の話聞けよ」

「もうどうでもいいんだよ、黙れ」

 榛真は言い捨てた。転がった男を踏み越えて、通用口から中に入る。


 暗い建物の中から何かが空を切って飛来して、あたしは考えるよりも先に、榛真を引っ張って床に転がった。

 頭上を通り過ぎた矢が、コンクリートの壁に突き刺さる。


「なによ、あんたたちなの!?」

 杏樹の声がロビーに響き渡る。テーブルを倒して盾にして攻撃していたようだった。

 他にも、カウンターや柱の影に気配を感じる。杏樹は顔を覗かせて叫ぶ。


「殺すところじゃないの! だいたいあんた上にいるんじゃなかったの? みんなは無事?」

 杏樹達こそ、上から弓で攻撃しているのかと思っていた。

 でも前線で敵に立ち塞がるのは、見た目の華奢さに反して不敵な杏樹らしい気はした。


「今のところは。あんたたちは大丈夫なのか」

 杏樹は少し驚いた顔をして、それからテーブルの影から姿を見せた。

 スウェット姿に裸足のままだ。弓を手に持っていて、杏樹も史仁も血を流している。


「あたしもこう見えても吸血鬼だから、気にしてくれなくても平気よ」

 少し笑う。

「外は」

「たぶん、あらかた片付いてる」

 上からの攻撃と、さっきのロケットランチャーで。 

ただ、爆発したトラクターから逃げ出した奴らが気になるが。杏樹は、そう、と頷いた。


「さっきので戦意喪失してくれればいいけど。こういう輩のめんどうなところは、最後の一兵までっ、せめて一人でもるって気概よ。建物の中に息を潜めてて、いきなり襲われたらたまったものじゃないわ。気をつけないと」


 エスカレーターの方へ向かう。上の様子が気になるんだろう。

 先をのぞき見ながらあがっていく。そこに史仁が続く。上はもうほとんど静かだ。だけど何か嫌な感じがする。


 上へのエスカレーターの横には、地下へ続くエスカレーターがある。その先は暗闇に閉ざされている。

 ――悪寒がはしった。


「おい、史仁!」

 榛真が叫ぶ。

 地下の闇から手が伸びる。史仁がハッとして振り返る――それよりも早かった。


 どん、と何かがぶつかるような音。

 下から駆け上がってきた少年が、ふわりと姿を見せた。

 黒いコート、グレーと黒のチェックのストール。史仁に体当たりした。

 突き放そうとした史仁からナイフを引き抜いて、少年はあふれた血を目を輝かせて見る。


 史仁は背中から刺されて、よろける。振り返りかけたその腕を少年が掴んで止める。


 顔を寄せて、腕に噛みついた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る