第16話追跡と過去
「そうか、上手く協力関係を築けたか」
自慢の金髪へ念入りにブラシを当てながら、リックは呟いた。
館長にあてがわれた私室は、かつて貴族の屋敷だったという事実を声高に叫ぶように、随分と豪華だった。
展示スペースだけでもかなりの規模だと思ったが、屋敷にはまだまだ、急な来客のために余剰があるらしい。
それとも、とリックは思った。
もしかしたら、急な来客でもないのかもしれない。
美術館の立地を思えば、上客にはわざわざ村まで寝に帰れというのはいささか以上に酷というものだ。
それなりに信用のおける相手であれば、館内に宿泊させることもあったのではないか。
だとすると、その中に犯人の候補者がいるかもしれないな、と心にメモを取りつつ、リックは鏡越しに【魔本】へと微笑んだ。
「上手く話が運んだようだな」
『えぇ』
本に浮かび上がる相棒の幻影が、どうだとばかりに胸を張る。『ミイラを盗んだ魔術師は、【死の女王】との同一化を企んでいる――その線で、追い掛ける』
「素晴らしいね」
『そっちは?』
「こっちは、特筆することはあまりないよ」
毛並みは完璧だ。「品の良い部屋で、上質な一夜を過ごさせてもらったくらいかな」
『最っ低』
吐き捨てながら、シアンの指が動く。
指先に点った魔力の光。夜色のそれが中空に残した軌跡は、馴染み深い
その文言に、リックは静かに笑う。
「まあ、そうだろうね」
描かれた文字は、『盗聴あり』だ。
勿論それくらい、リックもシアンも予想していた。相手は異端審問官、対魔術師のスペシャリスト。魔術師同士の連絡など、彼が見過ごす筈もない。
絶対に、魔術師たちが想像できないような手段で、会話を盗み聞きするだろうと確信していたのだ。
だから、魔術文字だ。
言葉を聞かれるのは当然、だから、万が一見られたとしても魔術師以外には解読できないよう、独自の文字で筆談を行ったのだ。
「俺としてはそっちも悪くないと思うよ。田舎の宿での不便な一夜。まあもちろん至らないところもあるだろうけれど、それが逆に風情を感じさせるっていうかさ」
リックも、白い魔力で文字を描く。「朝食も、味気なくて味のある黒パンとかだろう?」
『バカにしてるじゃない、絶対』
「あははは、そんなことないさ。自分がたとえ王宮に住んでたって、隣の芝生は青く見えるもんだ」
『やっぱりバカにしてるでしょう!』
和気あいあい、気心知れた仲特有の軽口にも聞こえるが――その指は常に動き、魔術文字で簡潔な会話を繰り返している。
言葉を操る魔術師だからこそ、重要なことは、言葉にしないものだ。
「……じゃあ、こちらはこのまま、盗まれた物の来歴や来館者の方面から、犯人を探してみよう」
『えぇ、こっちは足を使うつもりだけど――何か、ヒントとか無いの?』
文字はない。ということは、シアンの本心というわけだ。
異端審問官の好きにさせたくはないが、とにかく、追い付かなくては話にならない。とすれば、追跡のために何か手掛かりがほしい。
リックは少し悩んでから、一つ、示す。
「『彼女』を奪ったのは、恐らく砂漠の魔術師だ。自分達の神話に詳しくなければ、【死の女王】のミイラを手に入れようとはしないだろうからね」
『それはまあ、そうね』
「砂漠の魔術師の魔力は、まあ当然誰も見たことがないんだが、噂があるんだ」
かつての世界大戦、召喚大戦、そしてユンハルトゥラ統合戦争。
砂漠が巻き込まれた数少ない戦いにおいて、彼らはその影を残している。
「彼らの魔力には、特徴がある。それを追い掛ければ良いんじゃないかな?」
その、特徴とは――。
「匂い、ですか?」
「えぇ、そうらしいわ」
状況報告のついでにリックから得たというその情報に、ジャレットは眉を寄せる。
「魔術師の方々が、魔力を色で見るというのは私も知っていますが……」
「色は、属性だから」
「火は赤い、とかそういうことですか?」
「まあそうね。どちらかというなら、赤いから火という方が近いけれど――要するに、魔力から個性を見ることができると思ってもらえば、間違いないかしら」
そして、とシアンは指を揺らした。「砂漠の魔術師の操る魔力には、加えて匂いが付いてる……らしいの」
「らしい……ですか?」
「まあ、前例がない訳じゃないわ。魔術師の中にも色々いてね。土地の魔力に長いこと浸かっていると、自分の操る魔力にも、育ってきた環境が反映されることがある。これを、匂いって表現する場合があるわ――いや、あったらしいわ」
その言葉に宿る幾ばくかの寂しさを感じ取れるくらいには、ジャレットも魔術師の歴史を知っている。
魔術とは、意思で現象を起こす異能。
それほど便利なものではないと、逆の意味での専門家であるジャレットは勿論知っているが、世間は知らなかった。
怪しげな呪文を呟き、意味ありげに手をかざすだけで、虚空に炎を生み出す。無知な人々が魔術師に抱く印象は、結局のところそれだけだった。
戦時には、重宝された――変わり者の隣人ではあるが、平穏を脅かす外敵との戦いにおいては心強い味方であった。
そして。
やがて、戦争は終わる。
敵を殺す術を持つ頼れる仲間は、改めて、変わり者の隣人に戻った。
だが、過去とは違う。何故なら魔術師は、民衆と共に
魔術師の戦いを、人々は間近で見ていた。
彼らは知ってしまった――魔術師は、その気になれば簡単に村を消し炭に出来ると。
敵のいなくなった平穏において。
魔術師の居場所は、どこにも残っていなかったのだ――匂いがつくほど住み着ける土地など、どこにも。
「……その匂いというのは、私にも感じられるものなのですか?」
「私の指先が肌色に見えてるのなら、多分無理だと思うわよ」
ジャレットは、彼女の指先に集中した。
ほっそりとした指は白く、美しい。それ以上の情報を得られず、神父はため息を吐いた。
「どうも、私には神秘の物語を読む資格はないようです。貴女はどうです?」
同じように見ていたカストラータも、首を振った。「申し訳ありませんが、ご期待には沿えないようです」
「それは良かったわね、貴方たちは、呪われなかった」
「え?」
「……追跡は私に任せて。その分貴方たちには、フォローを頼みたい。魔力の痕跡を辿っている間は、私は無防備だから」
さあ、行きましょう。
一足早く宿を出たシアンの背中は、悲哀と拒絶に満ちていた――奇妙な言葉遣いを、問い質す暇を与えないくらいに。
その、代わり。
「……カヌレ神父。
「なんですか?」
「シアン・マッカランについてです」
淡々と、相棒の人造天使は告げる。
計算された、大衆の思う美しさの顕現とも言える唇を機械的に動かして、報告する。
恐らくは、シアンがこの世の誰にも、特に大して仲良くもない異端審問官には、絶対に知られたくないであろう一つの事実を、密告する。
「……彼女はマッカラン家の養子です、そうなる前の、本来の彼女の家は――死霊術師です」
ワールドエンド・ネクロマンシー レライエ @relajie-grimoire
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