一七日目の敗北

 魔女が再び目を開けた時(実際の時間はおよそ一〇秒程だった)、双眼は夜明けの如く眩い金色に輝いていた。


 目から、口から流れ出る血液すらが神々しさを帯び、ライキを、そしてルーゴの兵士達をも刮目させた。


「何だ、何が起きた! 撃て、撃て――」


 しかし破城砲隊は沈黙したままだった。彼らは眼前の魔女を更に上位の存在、「聖母」に近いものであるとし、最早それを攻撃するなど畏れ多い事だった。


「……ファリナ?」


 ライキは腰砕けになりながらも、なお「妻」の身体を労ろうとしたが、ファリナは「もう少し」とだけ短く答えた。




 それから、ファリナを中心として起きた現象は三つあった。


 魔術というよりも、「奇跡」にごく近いものであった。


 まずグラネラの街を燃やす火が消えた、風が吹いた訳でも雨が降った訳でもない、一人でに消火されてしまったのだ。


 次にルーゴの兵士達の姿が。彼らは恐怖を感じる事無く、まるで母に抱かれる子供のように安心した表情を浮かべ、身体が光に包まれていったのだ。


「ここは……国境付近ではないか!」


 いつの間にか意識を失い、再び覚醒したルーゴの男達は驚嘆した。進軍を始めようとした時、勝利を祈った霊山の麓に彼らはいたのだ。


「戻らねば……早く支度をしろ!」


 兵士達はすぐに身支度を調えると、再びサフォニアの地へ足を踏み入れようとしたその時、三つ目の奇跡が姿を現したのである。


「隊長、進めません、これ以上……!」


 若い兵士が叫んだ。隊長は「ふざけるな」と怒鳴りながら彼を突き飛ばして走り出したが、すぐに何かに弾き飛ばされるようにして後ろに倒れた。


「……こ、これもあの魔女の仕業だというのか!」


「無駄だ。我々は負けたのだ、完璧にな」


 老爺の声が響いた。兵士達を割って出て来たのは、何処か清々とした表情のガルディだった。


「長官、これではルーゴの名折れでございます! すぐに破城砲隊を――」


「構わんよ、好きにやってみるといい。その壁は決して破れないさ、私には何となく分かる」


 ガルディは腰を叩きながら近くの兵士を呼び、「終わったら起こしてくれ」と指示を出すと、そのまま大木の根元で座り込んで眠った。


「……クソ! どうした、早く用意せんか!」


 屈強なる兵士達は、しかし動きは鈍かった。嫌々といった仕草に隊長はひどく憤慨し、剣を抜いて見えない壁を八つ当たりのように斬り付けた。結果は兵士達の予想通り――刃先がボロボロに崩れ、一瞬で隊長の剣はゴミと成り果てた。


「何という不名誉、何という卑怯な技よ!」


 隊長は剣を地面に叩き付け、砲台の用意を急かした。


 彼が「もう無理だ」と納得した頃には、とうに太陽は頂点まで昇り切っており、何度も怒鳴り続けた隊長はそのまま、日射にやられて倒れてしまった。


 最強と矜持したルーゴ国が、初めて自国の歴史に「敗北」の二文字を書き加えたのは、それからちょうど一七日目の事だった。

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