Barrier

結界が割れるまで

「これらは全て、貴様らがやったのか」


 ライキとファリナは黙していた。隊長格の男は「ふん」と鼻息を荒げた。


「だとすれば相当な戦果である、こいつらも精鋭として名高い連中ばかりなのだが、今では、ほれ、この通りに死んでいる」


 広場に散らばるようにして斃れていた兵士の亡骸は、いつの間にか綺麗に並べられており、恐らくは個人の所有物であろう剣が、胸に厳かに置かれていた。


「我々は当初、アトネとグラネラを数時間で落とすつもりであったが――それは見事に打ち砕かれた。大した軍備を持たぬサフォニアはしかし、貴様らのような『魔女』を隠し持っていたからな」


 男はファリナの前に立ち、顎に手を掛けて顔を上げさせた。


「美しい顔立ちだ、しかし解せぬ! 女という生き物は戦場には現れぬものよ。隣の男に欺されたか、それとも利用されたか? だとすれば、何と卑怯で狡猾な男だ」


 キッとファリナは男を睨み、彼の指を噛んだ。しかし男は眉一つ動かさず、突き立てられた歯から手を勢いよく離した。


「この人の事を悪く言うな! それに……女が闘って何がいけない、貴方達は女というものを嘗めています! 鍋を持っても、箒を持っても、敵に立ち向かう女達を笑うな!」


 再び男は「ふん」と鼻で笑い、それから「、もうよろしいかと」と振り返った。すぐに兵士達は左右に分かれて道を開けると、そこをゆっくりと厳めしい軍服に身を包んだ老爺が歩いて来た。


「一つ、最後に聴きたい事がある。これから我々は君達を葬らねばならない、いや仕方のない事だ、戦場というものはこういった報復行為で溢れている。……しかしだ、私はもう歳を重ね過ぎた、兵士の教育も段々と重荷になっているんだが――どうだろう、ルーゴの戦列に加わるというのは?」


 広場にいる兵士達はざわめき始めた。隊長格の男は「長官!」と慌てて駆け寄ったが、ガルディは彼の接近を目配せして抑止した。


「どうかな、この年寄りの見たところ……君達は心を通じているらしい、良ければ家も与えてやるし、正式に婚約もさせてやろう」


「お言葉ですが長官! それでは死んでいった兵士が不憫でなりません、お考え直しを!」


「確かに浮かばれはしないだろうな、だが考えてもみろ、これ程までに強力な敵を味方に付ければ一体どうなるか? 最早ルーゴに敵は無い」


「しかし――」


 込み上げるように怒りを覚えるライキは、「ふざけるな」と怒鳴ろうとした瞬間――。


 彼らの会話を遮るように、ファリナは「生憎ですが」と口を挟んだ。


「貴方達に祝福されずとも、既に私達は『夫婦』です。情けは不要、そしてきっと……


 ライキはすぐにファリナを見やる。視線に気付いたファリナは微笑んだ。死を目前として夫婦へと成った二人を、しかし祝福する者は一人としていなかった。


「……妻の言う通りだ、俺達をサフォニアの人間として死なせてくれ」


 ガルディは沈痛な面持ちで「叶えてやろう」と呟くと、再び兵士達の作る道を歩いて行った。


「それでは早速――処刑を開始しようと思う。破城砲隊、前へ!」


 男が手を挙げると、ゴロゴロと重たげな音を立てて、大きな移動式の砲台が姿を現した。


「その魔女は妙な空間を創り出し、全ての攻撃を防いでしまうという。ならば! 我々の技術の粋を込めた、破壊的兵器ならばそれは如何か!」


「……あれは」


 砲台は照準をライキ達に合わせると、砲口からシューシューと不気味な音を立てて蒸気を立ち上らせ始める。


「狙え――抑え……撃て!」


 咄嗟にファリナは祈るような所作をしてから、両目を瞑った――。




 鼓膜が吹き飛ばされそうな轟音、皮膚すらも剥がされかねない衝撃……ライキを襲ったのは単純な「死の接近」だった。


 着弾までの数瞬、ライキはひどく穏やかな気分であったが、果たして閉じられた目を開くと(この瞬間、何故自分は瞼の開閉が出来るのかとライキは困惑した)、砲弾による攻撃を「結界」が防いでいた。


「ファリナ!」


 隣で跪いていたファリナの表情は苦悶に染められ、目には光が無く口から一筋の血を流していた。


「もういい、ファリナ! 止めてくれ、お願いだから止めてくれ!」


「やはり魔術を使うか、魔女め! 次弾装填、予備が無くなるまで撃ち続けろ!」


 男の怒声が聞こえ、それからすぐに「完了!」と別の兵士が答えた。また弾が飛んで来る、これ以上はただの拷問だ――ライキはファリナを揺すった。


「もう俺達は頑張った、出来る事はしただろう! だから……もう頑張る必要は無いんだ!」


「撃て!」


 第二射が着弾した。なおもファリナの結界は健在だが、彼女は「ゴホッ」と咳き込むと大量の吐血をした。


「ファリナ!」


「……ライキ、ライキ」


 か細い声でファリナはライキを呼ぶ。すぐにライキは彼女の口元に耳を当てた。


「願い事……生きて……」


 震える唇はすっかりと青ざめていたが、微かに口角が上がって笑みの形を作った。ライキはたまらなくなり彼女を抱き締め――子供のように泣いた。


「頼む、俺の願い事はもういいから……無理をしないでくれ! 見ていられないんだ、君が苦しむところなんて見たくないんだよ!」


「……どうして、見たくないの」


「撃て!」


 第三射が着弾、同時にファリナの口からボタボタと血が流れ落ち、ライキの腕を赤く染めていく。


「……ねぇ、どうして――」


!」


 機会を逃し続けた想いを、ライキはようやく言葉としてファリナに届けた瞬間だった。ファリナは涙を流し、それから満面の笑みを浮かべた。




 私も――愛しているわ。ライキ。




 魔女ファリナの白髪が、フワリと天を向き始めた。

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