明いた目で

 相手は人智を超えた存在である魔女――ではなく、自分と同じ人間の兵士だった。俺は彼らを斬り伏せる事が出来るのか……ライキはアレアの後を追っている間、自問自答を繰り返していた。


 魔術も何も使わない、ただ習い憶えた技だけを用いて襲って来る男達を、果たして敵と見なして倒す事が自分には可能か――。


 その懊悩はやがて全くの「無意味」であるとライキは悟った。手当たり次第に町民達を撫で斬りにしていく兵士を認めた彼は、大きく溜息を吐いてから微笑み「安堵」した。


 良かった。俺の良心こころは痛まない――。


「行け、行け! この町はグラネラに繋がる中継点である事を忘れるな!」


 男が――恐らくは隊長であろう――兵士達に怒鳴った。最早敵陣で自軍の作戦目的を語ってしまう程、自分達の勝利を確信しているらしい。


 都市部から然程離れていないアトネを中継点にするという事は、ごく近い内に人口の集中している場所が戦火に包まれるのだろう。ライキは刀を決して落とさぬようによく握り締めた。アレアはライキよりも早く兵士達の前に立ちはだかると、杖を地面に勢いよく突き刺した。


「ほう、これは頼もしい。しかし小娘如きに嘗められてはルーゴの名前が廃るというもの、我が精鋭がお相手しよう!」


 隊長に指示された三人の兵士は刀身を赤く染めた剣をアレアに向け、ゆっくりと、しかし確実に間合いを詰めていく。見た目はか弱い少女のアレアに対して三人の軍人をあてがうとは、如何にルーゴの軍が制圧の徹底に重きを置いているかがよく分かる。アレアは助太刀しようと駆け寄るライキに、「ここは大丈夫」と別の通りを指した。


「ライキさんはあっちをお願い、まだまだ逃げ遅れた人達がいる――」


「話している暇なぞ無い!」


 一番大柄な兵士が、アレアの頭に目掛けて剣を振り下ろす。相手を丸太か何かとしか思っていないような無遠慮さだ。しかし――アレアは一瞬で身体を横に向け、迫り来る刀身を見事に躱したかと思えば、兵士の手首を素早く踏み付けて剣を手放させた。


「ぎゃっ……あぁ!」


 手首から先が不自然に天を向いている。踏み付けによって彼の手首はへし折られたようだった。アレアは表情を変えずに相手の顔を目掛け、掌底によって下から突き上げるた瞬間、ライキは我が目を疑った。


 アレアの一回りも二回りも大きい男が、フワリと浮き上がってから地面に落下したのである。


「こ、こいつ……!」


 残る二人は敵前にも関わらず狼狽した。を持つか細い少女に、如何にして挑むかを考えあぐねている様子であった。


「何者だお前は、一体何を隠している!」


 アレアは彼らの質問に答えず、フゥと息を手の平に吹いた。


 途端に二人は「あっ」と口々に叫び、やがてその場に昏倒した。彼らの髭は泡立った唾液に塗れている。


「これは一体何を――」


 戸惑うライキの手を取り、アレアは細い通りへと急いだ。奥の方から逃げ惑う町民達がライキ達の方へ向かって走って来る。


「これ? ちょっと――動けなくなる毒をね。それより見て、まだ沢山敵兵がいる!」


 兵士達は町民の後方より雄叫びを上げて走って来る。カチャカチャと金属のぶつかり合う音はそのまま、地獄より来たる悪鬼の行進に似ていた。


「お助けを、お助けを!」


 幼子を抱いて逃げる母親がいた。彼女の後ろに迫る兵士は、薄ら笑いを浮かべながら剣を振りかぶる。途端、ライキは走り出すと兵士の前に躍り出て刀を構えた。




 子供達の亡骸を抱え、ヨロヨロと歩くニールマンゼの姿が不意にライキの脳裏を過ぎる。




 望んだ魔女狩りとはいえ、子を護る母親を殺すという行為は、この世にある罪で最も重い――ライキはニールマンゼを殺めた後に結論した。


 ならばその罪をほんの僅かでも雪ぐにはどうしたら?


 ライキは白刀を兵士の脇腹に滑らせる。甲冑がまるで草のようだった。抵抗は無く、代わりに「うっ」とくぐもった断末魔がライキだけに聞こえた。


 簡単だ。命を懸けて皆を護るだけ――。


「貴様!」


 斃れる仲間を見た他の兵士は、目に怒りの炎を燃やしてライキへ殺到した。


 敵にも死なせたくない仲間が、家族がいる。


 それでもなお、と刀を振るうのは果たして間違いなのだろうか。


 この問題を解決出来る程にライキは長く生きてはおらず、また多くの人を殺めてもいない。


 護りたい。


 彼にを握らせるのはその一心であった。


 ライキを囲む兵士は全部で四人、皆一様に身体を鍛え上げており、顔には少なくない古傷が残っている。百戦錬磨のルーゴの男達だった。しかし、アレアは助太刀をせずに混乱する町民の誘導を始めた。彼女の目に不安の色は無く、代わりに「信頼」の輝きがあった。


「囲め、囲むんだ――」


 即座にライキは屈んだかと思えば、そのまま地面を蹴るようにして右手の兵士に向かって駆け出す。驚きと同時に振り下ろされた剣に、魔女すらも好敵手とするライキを仕留める威力は無い。ヌルリと光った刀は兵士の両足を薙いでしまい、続いて倒れ込む身体を後ろから突いた。既に兵士は絶命している。


 ライキが気付くと四人の兵士は身体の何れかを欠損しており、痙攣すら起こさずに死亡していた。近くの町民達は口を揃えて「救世主」と賞賛し、続いて「あいつらを殺してくれ」と嘆いた。彼らの言葉によって闘争心が増していくライキは、アレアに町民達を頼んで更なる修羅を求めて走った。


 この目は人を護る為に、白い刀の軌跡を見つめる為に明いたのだ!


 込み上げる喜びと「生」の生々しい実感に震えながら、彼は迎え撃たんとする兵士へ刀を滑らせていく。


 一人、また一人……彼の前で息絶える。ルーゴの兵士にとってライキは悪鬼そのもので、アレアは不運をもたらす「魔女」である。


 そして、魔女はもう一人いた――。

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