Concealment
明かされぬ伝説
気の遠くなるような昔。
草木はまばらにしか生えず、河川はおろか小さな池も無い、生命の潤いから遠く離れた不毛の地を、足下の転石に足を取られないよう細心の注意を払いながら、五人の女性が歩いていた。皆似たような服を纏い、縫い付けられた刺繍は不可思議なものであった。
五人の名前はオガルゥ、ニールマンゼ、ザラド、アレア、ファリナといった。
彼女達は不可思議な力――魔術と呼ばれていた――を使える『魔女』として忌み嫌われ、その為に故郷を追われた。五人は安住の地を求めて旅を続けていたのである。
「この土地を私達の国とするのはどう?」
最も魔術に長けていたオガルゥが言った。
「ど、どうしてこのような場所を……」
最も魔術が不得手のファリナが怯えるように返す。
「あぁ、分かったわ。ここは他の国からは遠いし、襲われるような心配も今は無い。見違えるような土地にして人間を呼び込み、そして増やすのね?」
不敵な笑みを浮かべる魔女、ザラドは小石を拾い上げた。
「結局ここでも……私達は変わらないのね……」
ニールマンゼはため息を吐いた。
「仕方ないわニールマンゼ、私達は魔女、こうする事でしか生きていけない……生まれ持った体質を呪うよりは、それが許される国を造る他に道は無い……」
そうよね、アレア――オガルゥは黙したままの一人に問い掛けた。一同の視線を集めた彼女だが、しかし臆する事無くゆっくりと頷いた。
「……うん」
それから五人は各人の担当を決め、建国の準備に取り掛かった。
莫大な魔力を持っていたニールマンゼは長い時間を掛けて山脈を様々な場所に、空を飛ぶ事が出来たザラドは上空から計画を立てて河川を敷く。オガルゥは全ての統括とやがて移住してくる人間達へ与える知識、政治基盤を練った。精密な魔術を得意としたアレアはザラドの助言を受けながら、各地に大小様々な『家』を建築した。この住宅様式は『サフォニア式』と後世で呼ばれるようになる。
そしてファリナは――ただ四人の活躍を見つめるだけであった。建国に際して結界術は役に立たない事を彼女は承知していたし、また他の魔女はファリナを責める事は一度も無かった。しかしながらファリナは歯噛みして四人を見つめ――。
埋め火のような劣等感が生まれていた。
魔女達が建国を始めて一〇〇年程が経つと、現在のサフォニアと殆ど遜色の無い様子が出来上がっていた。
最初は遊牧民が用意された奇跡を目の当たりにした。彼らは喜んでサフォニアに住み始めると、堰を切ったように次々と人間が移住してくるようになった。
旅人、追放された王族、路頭に迷った家族、戦火から逃げ延びた者達……大体の人間は魔女達と同じく、故郷を何らかの形で追われていた。
魔女達はそんな彼らをいたく歓迎し、サフォニアで暮らす為に一定の食料と農地、家、そして――魔女を敬うように仕向けた神話を作り与えた。
無論、この神話こそが「魔女伝説」であり、都合の悪い収穫の夜についての説明は一切無かった。
当初は知恵がよく回るオガルゥやザラドが人間達の集落を訪れては、問題を解決してやったり開墾の方法を教えて回ったが、次第に人間達は魔女達の手を離れ、独り立ちをするようになったのだ。
サフォニアが産声を上げてから二〇〇年程が経った。
人気の無い森林に魔女達は一堂に会して(オガルゥが現在暮らしている森林であった)、「収穫の夜」の計画を立て始めた。
「もう分かっていると思うけど……私達の魔力が明らかに減退している。まだ人間達を見守ってあげないと……でも……」
常に冷静であったオガルゥは珍しく、狼狽したような声で四人に言った。
「仕方ないでしょう、オガルゥ。これも宿命なのだから……受け入れるしかないじゃない。私達は人間達の、全ての母親としてここまで頑張ってきたのだから。それに……国土に染み込んだ魔力は土地や生き物へ充分に行き渡り、そして増えている。良い機会ね」
五人の中で一番落ち着きを保っていたのはザラドであった。彼女の中で収穫の夜は必要悪であるとされ、既に良心の呵責などという議論はする気も無かった。
「何も全滅させる訳じゃないのだから……今はクルミールが一番大きな村となっている、最早あれは都市と呼んでもいいぐらいよ、そこを外して、そうね……辺境の小さな村を頂く事にしましょうよ」
どの集落を襲うか。しかしその議論に参加しない魔女が一人いた。雪のように白い髪を伸ばすファリナである。
魔力の減退という魔女にとっての一大事は、しかしファリナにとってどうでもよい事情であった。元々魔術が不得手の彼女は魔力の消費も四人と比べて格段に少なく、その為収穫の夜に参加せずとも生き長らえる事は可能であったからだ。
「……ファリナ。具合、悪い?」
隣に座るアレアは心配そうにファリナの顔を覗き込んだ。アレアの膝には三羽の幼鳥が身を寄せている。アレアは動物や人間の子供に好かれやすく、座っているだけで鳥が肩に留まる事も多かった。
しかしながら――ファリナはその博愛的性質を憎み、忌み嫌っていた。
自分以外の魔女は何かを造り出したり知恵を与えたりと、人間に対して「母」とも言える対応が出来る、しかし私は何も出来ない――。
日頃積み重なる劣等感はやがて怨嗟へと変わり、今では四人の存在を煙たがるようになった。中でもアレアには彼女の性質も手伝って更に恨みを持っていた。
私に無い魔術を、母性をこの人達は持っている。同じ魔女なのに、まるで自分が出来損ないの魔女のように――。
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