家畜達への贈り物

 サフォニアに暮らす人間は、一七歳を超えた時から「魔力」を蓄え始める。


 反対に、魔女は月が夜に灯る度に、持っている魔力を少しずつ減らしていく。


 魔女は一定の周期を迎えると、人間から魔力を吸い取る。山に遊ぶ者から、川を泳ぐ者から、家で眠る者から、夢を見る者から。


 サフォニアの国に暮らす人間は、魔女達の糧となった。魔女達はこの周期を「収穫の夜」と呼び、何よりの楽しみとした。喜びに満ちたこの夜を、サフォニア国は二度迎えた。


 魔女の内、四人は夜を待ち侘びて、一人は悲嘆の旅に出た。




 老人の嗄れた語りを聞き終え、ライキはその場に立ち上がると、身体を震わせてジリを睨んだ。全身をくまなく流れる血液が、熱湯のように沸き立った感覚を覚えた。


「デタラメだ、そんな馬鹿げた話」


 既に少年の心は千々に乱れ、目にはメラメラと燃え上がる炎が宿っていた。彼の行動に動じないジリは「何を熱くなっている」と冷めた態度を見せた。


「どうして怒りを覚えるのだ、若くか弱いライキよ?」


「魔女はサフォニアの人々の幸せを願い、国を造り上げた。爺さんの話はただの面白おかしくねじ曲げた与太話に過ぎない!」


「どうしてそう言い切れるのだ?」


「そっちこそ、どうして『この話が正しい』と言い切れるんだ!」


 ライキの気に食わない笑い声を上げてから、ジリは少年をたしなめるような声色で言った。


「魔女から聞いたのさ、儂の爺さんの爺さんの爺さんが……。夜を望まない、旅に出た魔女からな」


「……魔女から聞いたって?」


 まぁ座れと促されたライキは、とっくに家を飛び出して行きたい気持ちを抑え込んでからその場に胡座をかいた。


「そうだそうだ……。つい先程話したばかりだろう、『一人は悲嘆の旅に出た』……と。その魔女は唯一、収穫の夜に異を唱えたんだと。そして放蕩の末に――このトラデオに辿り着いた。村の者は、そこで初めて伝説に隠された疑惑の種に気付いた。そして魔女の話を信じ、国中に教えて回った……」


「じゃあどうしてその話が信じられていないんだ?」


 鼻で笑った老爺は、焼け落ちた羽虫の死骸を見つめた。


「信じないのさ、誰もな。疑う事を捨て、頭から魔女達の『好意』を受け取りたかったのさ……行く末も知らぬのに」


「だったら、この村は四人の魔女にとって邪魔者なのに、どうしてまだ――」


 枯れ枝のように細い両腕を広げ、ジリは上目遣いに答えた。


「旅の魔女が結界を張り、存在を隠した。せめてこの村だけでも生き残り、いつの日か四人の魔女を打倒してくれる誰かを待つ為に……。それからこの村の者は、隠された真実を他言無用とし、外部に向けて語らなくなった。何かのきっかけで四人の魔女の耳に入れば、せっかくの結界を破られでもしたら……サフォニアは終わりだ」


「……今まで二度、収穫の夜とやらを迎えたはずだ。ならば国の人間はどうして減らない?」


 ジリは質問の内容を小馬鹿にするように、頭を掻きながら言った。動物的なその仕草がライキの心に更なる波紋を呼んだ。


「ライキ、お前は家畜を一気に食べてしまうか? 欲望のままに、全てを殺して食ってしまう程愚かな生き物か?」


 背筋に氷を滑らされたような感覚が少年を襲う。遠くで鳴いているホウホウ鳥の声が増えた気がした。


「もう分かるだろうて……魔女の狙いが、そして――」


 ジリの眼光に気圧されそうだったライキは、彼から視線を外したくなった。少年の心が如何に脆弱で、不意に慣れていないのかが露呈した瞬間だった。


「この村でのみ、一七歳の誕生日を『目明け日』と呼ぶか。隠された悪意を見抜く、その為の目が明くるのだ……」


 老爺の言葉とは反対に、一七歳を迎えた少年の心は顔を伏せ、目を閉じて耳を塞ぎたいと叫んでいた。


 伝説の続きは分かった。収穫の夜とやらも何とか理解は出来た。ならば、ならば――それを知った俺は、一体どうすればいいのか……?



 それからしばらくして、ライキは粗末な自宅に戻った。寝床に身体を投じてから、ようやく眠りに就く事が出来たのは夜が白んできた頃だった。

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