第十一話
その後、八坂とアランは別れた。もうすでに夜も更けていたことだ、帰りが遅いと親も心配するだろうとの配慮からだ。しかしあの質問の意味は何も言っていないため、少しの謎を与えたままの別れとなってしまっていた。
アランはその後も近くの隙間などを細々と確認した後に事務所へと戻ることにした。こちらに来るとき同じ様に駅へと向かい、電車に乗り向かったのだ。その車内は時間的に、会社から帰宅している人が多く乗り合わせてくるかと考えていたが、半分の席が空いてるほど空いていたのだ。
そして電車の中であっても彼の脳が休むことはなかった。今ある情報を再び並び替え、整頓することにしていたのだ。
今ある情報。一つに、少年はかつて同じ人物の夢を見た。二つに、家の中その周辺にはなにも原因に繋がるようなものの痕跡はなかった。そして三つ、少年はごみ箱が動いたことを視認できた。大きく重要なものは少なくともこの三つだろう。
もう少し時間が合ったのなら色々ことを試すことが出来たがと思うがしょうがない。少年とて学生の身、明日は平日なため登校せねばならないのだろう。しかしもっと細かく観察したかったのは確かだ。あれを気づくことができた、それだけでも十分かと言うとそうではない。色まで視認できたのかは気になるところなのだ。
アランは考える、途中で電車は止まり人が乗り換えていくことにすら気づかずに。人が少し増え、隣に座る人間の気配や匂いなどは頭に入ることなく考え、蜷川ににつきホームに降りて改札を抜けても考える。もう電車をおり、カードを改札にかざす行為など無意識に行っているのだろう。彼はよくここを移動に使うので、道や何をも記憶している部分もある。が、それを無意識にこなすのは相当難しことであろう。
暗い夜道を前方を見ずに進む。車通りは少ない道ではあるが少々危険は伴うだろう。だがそんなもんはお構いなく考える。それは少し不安と言えばよいのか、ある一つの可能性があったからだ。
だがその可能性も、しっかりとした自信があるものではない。なぜなら本で一度見た程度でしかしらないからだ。おそらく、いやきっとそれにまつわる文献が事務所にあるのは確かだ。すぐには読むことはないが貴重な諸本があるとすぐに購入し貯蔵しているからだ。しかしどこにあっただろうか。
複雑に、さまざまな思考が飛び交わせながら事務所へと戻る。行って帰って来るまでの間にかなりの思考を巡らせいたのだ、さすがにお腹も空いていた。一度文献を探す前に何か食べておこうと、二階へと昇った。部屋はいまだに散らかったままだろうと思ったと同時に、ソファーをそのままにしていたのを思い出す。が、さして重要ではなかったので晩食で使えるものがないか思い出すことにした。ああそうだ、確かパンがあったのだ。それを食べることにしよう。
ドアを開けると当然資料は散らかったまま、そして転がったソファーの下には、
「スゥー、スゥー、スゥ……、んっあれ所長、帰ってたのですか、おかえりー」
「私がそのままにしておいて言うのは何だが何故このまま寝ていた。これを抜け出すくらいわけないはずなのだが」
ミクはそのまま寝ていた。どこでも眠ることはできるだろうとは思っていたがまさかソファーの下でも眠れるとは思わなかった。
「いや何だか徐々にこの重さが気持ちよくなってしまって、もう今日はこのままでいいですから気にしないでください」
「別にここで寝るのは構わないがせめて暖かくしなさい。今タオルを持ってくるから待っておけ」
そんな親のようなことを言いながら大きめのタオルを取りにいき、ミクの上に被せた。本当の親ならば、そんなとこで寝ずにちゃんと自室に行けというものだろうが、別に眠れるならどこでも良いと思っている彼らには別にそのようなことを思うことはないだろう。
「それで所長、なにか痕跡はありましたか?」
「いや痕跡はなかった。だが途中で少年と会ってな、少し話をしていた。ところでパンはどこに置いてあるのだ」
「あっ八坂君と会ったのですか、すごい偶然ですね。それで何を話したんですか? それとパンは隣の部屋の棚に置きました」
隣の部屋、と言っても布を垂れさせ区切っているだけの部屋。ここは狭いがシンクに冷蔵庫、レンジにトースターそしてポットと充実している。コンロはないがそれ以外のものなら大抵ここで用意ができる。壁も薄いので部屋越しの会話も十分にできる。
「いや何も難しい話はしていないよ。ただちょっと試したいことがあったからそれをしただけだ。ところでこれは何分ほど温めればいいのかな」
「試したいことって何ですか。やけに八坂君のこと気にかけているなとは思いましたけど何かあったのですか。それと二分か三分ほどでイケると思いますよ」
「そうかい? 私はそこまで気にかけてたつもりは無かったが……、そのように見えていたのかい」
気が付いていなかったと本気で思いながら、とりあえず間をとって二分半焼くことにした。だが思い返してみたら、なるほど、確かにそう言われれば最初から少年のことには興味をもっていた。
もし私が考えている通りなら、それは素晴らしことだろう。なぜなら一度も見たことがなかったのだ。いや、この業界で関わる人間でもそうそうお目にかかれるものではない。だがその分情報もかなり少ない、実在しているかは不透明だ。持っている文献に書いてあることが事実とはそれも限らない。
とにかく謎が多い。故に当たりなら、これは決して逃してはならない。
「おっ所長。いい感じの匂いがこっちにもただよってきましたよ。そろそろ良いんじゃないですか」
「ふむ、確かにそうだな。このまま頂くとしようか」
オーブンを開けると中に充満していた匂いがいっきに解き放たれる。なるほど確かにもう一度買って食べたくなるのは頷ける。それほどにいい匂いだ、バターが効いてるのがよく分かる。これなら何も付けずに食べても問題なさそうだ。
「どうですか所長、美味しいでしょ。ねっ美味しいでしょう」
「なぜ君がそこまで熱心に聞くのかは分からないが確かにそうだな、これはとても美味い」
でしょー、と喜ぶ声が隣から聞こえてくる。自分が作ったわけでもないのになぜそこまで喜ぶのかは分からないが、事実かなり美味い。かれなら次回も買っても損はない。
アランはパンをすぐに食べ終えると、手を軽くすすぎタオルで拭いた。そしてそのまま書庫へ向かおうとしたが、探すことにあまり時間をかけたくない。
「ミク、君は『鍵』に関する資料がどこにあるか分かるかい?」
「『鍵』ですか? ああそれなら下の書庫で見ましたよ。確か四番目の棚の二段目くらいに。あそこ汚いから念入りに掃除してたんですよ、まぁそこは私のこの……」
「そうかありがとう。電気は消しておくからな」
部屋の電気を消して、一階の書庫へと向かう。どこに置いてあるか知れていたのは僥倖だ。
まず銀の鍵、そしてそこからそれに繋がる文献を全て確認しなければならない。
こうなると今日は眠ることはないだろう。そんなどうでもいいことをアランは考えながら階段をおりていった。
ミクとアランの奇怪目録 坂口航 @K1a3r13f3b4h3k7d2k3d2
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