第十話
アランは走っていた。先ほど話していた時に彼は間違いなく見ていたのである。しかし刑事の男は何も見ていないと言った。ただタイミングが悪かったからか、暗くて見通しが良くなかったからか。ただそんな理由でしかないかも知れない。だが少しでも何か掴めそうならば行動するしかない。あの刑事には少し悪い気がしなくもないが、とにかく今はあの影を追うしかなかった。
実際彼自身も、あまりはっきりと視認することはできなかった。だがあの時見えた特徴は、身長一八〇以上、腕は太く体も人間とは比べ物にならないほど大きかった。
ただの見間違いか、そうでないか。たとえどちらであったとしてもすぐに出来るよう準備はしなくてはならない。
車は一台分ほどが通れる道を駆ける。電柱が立ち並ぶばかりで何度もこの道を通ったことがなければ迷ってしまいそうだが、今は道を覚えることなどどうでも良い。今はただあの影にたどり着く方が先決。
そしてソレが曲がったと思われる角に入り込む。その先も電柱が立ち並ぶ同じ様な道。だが決定的に一つ違う。何かいる、何かがこの道を歩いている。しかしそれは先ほどの影とは違う。遠いからが理由ではなく明らかに背が低いうえ腕も細い。
だとしてもさっきの今だ。一概にも無関係とは言えぬかもしれない。その新しい影との距離は五メートル以上離れている。かなりは離れているが仕方がない。まずはその顔を確認しその次の発言行動しだいで攻撃、何も言わないようならこちらから接触を図っていく。だがなるべく相手から話始めるようにしなければならない。そのためにもまず相手の先に回り込む。
上げていたスピードをさらに上げ相手へと近づく。さすがに足音も出ていたため、何かが向かってきているとソチラも気が付いたのだろう。こちらを振り向くと慌てた様子で後ずさる。逃げようとしてもすでに無駄である、なぜなら開いていた距離はすでに五メートルを切ろうとしている。
相手は逃げながらこちらを振り向く、それは具合がいいことに電柱にかかった明かりのすぐ下で。これで回り込んで顔を確認する手間が省けたのである。とうぜんアランはそのチャンスを逃すことはなく顔を確認した。そして足を徐々に止めていったのである。
追われている方もこちらが誰なのかに気づいたのであろう、逃げるのをやめてこちらへと歩いてくる。
「こんなところで何をしているのだい、少年?」
「それはこっちのセリフですからアランさん」
居たのは八坂だった。まさかこんなところで会うのは予想外だと言わんばかりに驚いているアランだが、そもそもここは八坂の近所であるためソコにいたとしても何らおかしくないのである。むしろアランがここにいる方が不自然で、奇妙に思われるのは当然なのである。
「それで、こんな夜中になんで少年が出歩いてるのか。しかもここはあまり安全とは言えないぞ」
「いえ、普通に歯磨き粉無くなったのでコンビニに買いに行ってたのですが。それに夜道が危ないのは今十分に実感したので今後は気をつけれるようにありますよ」
街灯と家から漏れる光しかない道で、いきなり猛スピードで迫り来られたのだ。しかも暗かろうが相手が巨漢であるのは分かっていたのだ。これが知り合いでは無かったらと思うと、八坂は身震いを起こすしかなかった。今回の経験はかなり自分を成長させたと静かに心の中で思い浮かべた。
「で、アランさんは何をしてたんですか? 正直ここは蜷川から近いとは言えませんよ。まあ電車で十分行ける距離ではありますが……、もしかしてこの付近に住んでたりするのですか」
「いや私は事務所にそのまま住んでるからここではない。ちなみにだがミクも事務所にそのまま住んでいるぞ」
端的に、必要最低限の言葉で八坂の質問を否定する。が、今気になること同時に八坂は聞いた。確かにミクさんも事務所に住んでいると。
「えっ、もしかして同居してたんですか? あの人が一人暮らしできるとは到底思えないので納得といえばそうですが、そういう関係だったとは」
「一人暮らしができそうにないとの部分は同感だが、部屋は当然別だぞ。いちおう言っておくが関係を持ったこともないからな」
まあ、ですよね。そもそもこの二人には恋愛感情というものがありそうにない。誰かを気にするくらいなら自分の好きなことにお金と時間をつぎ込むといいますか。軽いサイコパスの森瀬ミク。真面目で紳士的かと思うと、今回のような奇行もおこすハワード・アラン。
…………正直お似合いだなと八坂は思った。
「別に少年がそう思うなら別に構わないが、それはそうと何をしていたかだったかな。別段なにか特別なことをしていたことはないよ。ただ痕跡を探していただけだ」
「痕跡……あっもしかして自分の夢の話ですか。こんな時間になっても調べてくれていたとは何かスイマセンね」
自分から依頼しておきながらなんだが、正直にそう思った。もっと何か簡単に分かるものだと思っていた節もあったのだ。話をする、前例を探す、そしてお祓い。こんな簡単な手順で終わるのではないかと思っていたのだ。
だが昼間にミクさんが家の中を色々物色したり、アランさんがこうして夜中に近所を細々と調査していてくれたりと、何気に大変な作業だったのだろう。
「では少年、一つ聞いてもいいかな。君は何か怪しいものを見たことは無かったかい」
「怪しいものですか」
怪しいと言ったら先ほどアランさんだと気が付かずに逃げていたあの時が一番怪しかったが、他には何も無かったのだ。コンビニの中に居たとき以外にすれ違った人すらいなかったのだ。
ただ注意していなかったから気づかなかったというただそれだけなのかもしれないのだ。だが事実がどうであったとしても気づいていないものは残念ながら気づけなかったのだ。
「すいません、自分はちょっと怪しい人とは、ってうお! なんすか顔が近いのですが」
何も知らないと言おうとしたらなぜか顔を驚くほど近づいていた。あと少しこちらが動くとぶつかってしまうほど近くに。ギョロリと目をギラつかせ、なにか必要以上に観察されている。
「少年、つかぬ事を聞くがあれはなにかな?」
「いや、あれって言われましても少し動いたらぶつかってしまうのですが」
何か指をさして視線を誘導しているのだが動けない。と、思っているとさすがに動けないと分かってくれたのかちょうどいい距離に顔を離してくれた。そして誘導してくれた方にあったのは自動販売機とゴミ箱。それ以外なにも変わったところは無かった。
「じっと見といてくれ少年。じっとだぞ。そして何かあったら教えてくれ」
じっと、そう言われたので素直に見ていた。そして異変は起きた。
いや異変というにはあまりにもしょうもないことだろう、もしくはただの見間違いかもしれない、だが何かあったら報告しろと言ったのだなら正直に言わねばならない。
「今、少しですがゴミ箱動きました、ですかね?」
自信は無かった、見たのはほんの少しだけの話だ。
だがそれを聞いてアランの目の色は変わった、そして脳は素早く考えをまとめるために動き始めた。
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