第九話
少し前までは夕日が照っていた街も、今では暗闇が夕日の代わりを担っている。今夜は新月だったのだろう、雲一つないが月が出ていない。
だが車のヘッドライトに街灯。家々から漏れる光で歩けるほどの光はある。だが用があるのは この繁華街などではない。もっと明かりが少なく車もあたり通らない住宅街の方だ。
アランは迷いのない足取りで人通りの多い繁華街を縫うように歩き、住宅街をへとたどり着く。ここに着くまでは人波を正確に掻き分けながらも、頭の中では夢の話を常に考えていた。
かつて同じ人物を夢で見た。だが家にはなにも原因となるものは存在していなかった。では何が原因か。確かめなければならない。
たとえ家に原因が見つからなくとも、少年の付近で何かを見つけることができるのならそれが夢の正体に違いない。
だからこうして一から十まで、少年の近所を悪いが見させてもらう。
言い方は悪く犯罪の匂いがしそうな思考だが彼には何か悪事を働こうなどとうものがよぎることはない。あるのはただ一つ、興味であった。
そもそも彼がこの街に来て事務所を開いた理由も興味があったから、たったこれだけである。だがそれだけで彼の思考では行動するのに十分過ぎる理由であった。
誰もが納得できる理由がなくとも、自分一人が納得さえできればやる。それが彼の理念であり、プライドでもあった。
そして一度興味を持ったならば、満足がいく結果が出るまで調べ続け、考え続ける。続けなければならない。
そして彼の、少年が持ってきた案件は見事にアランの心を引き付けた。そして引き付けられたのなら最後まで完遂しきる。しなければならないのだ。
「あのー、お兄さん。ちょっと良いかな?」
アランが手がかりを探していると背後から声をかけられる。もしこれが女性の声ならもしやとの可能性もあったがそうではない。
だが年齢は声質からして若い、おそらく二十四か五だろう。それに発音自体も誘っているようなもよでなく、なにか怪しんでいるようなもの。
何が怪しいのかは分からないが話しかけてくるとはよっぽどなこと、相手をしてやらなくてはならない。
そう考え、立ち上がりながら後ろを振り向く。するとまばゆい光が目に入り少し細めながら声の方を見る。
「お兄さん外国の人だね、観光でここに来てるのかな?」
そこに立っていたのは紺色の制服を着て人間。被っている帽子には旭日章が刻まれている。そしてこの男が乗ってきたであろう自転車の荷台には箱がついており、白く頑丈な見た目であった。
「いや私は蜷川で事務所を構えている、決して観光で来ているわけではないぞ」
「へぇー事務所持ってるのか。それは良いんだけど……」
するとそこで何故か口ごもる。おかしいぞ、何か言いたいことがあるのならハッキリと言えばいい。何より相手は警察からすればただの一般市民でしかない。
もしやコイツは本物の警察では、!
「とりあえず起き上がってもらっていいかな? さっきから自販機を覗いてた体勢のまま話されても困るのだけど」
アランが全く見当違いな考えを持ち出した最中、たまたまパトロールに来ただけの警察はただただ引くしかなかった。
夜中の住宅街を回っていると辺りを歩き、急にゴミ箱を覗きこんだり家との隙間を覗きこむ。そして今は自販機の下を覗いていた。
これで不審者じゃ無いと思う方がオカシイのは明らかだ。正直、話かけるのもためらった。もし自分が警察でなかったのなら間違いなく見なかったフリをする。
誰だってそーする。ってか今自分もそーしたいと思っている。暗くうえ覗きこんでいたので顔が見えなかったがまさかの外国人。そして立ち上がってくれたのは良いが想像以上に背が高い。
「で、一体君は私に何の用があって話かけたのだ。私は今急いでいるのだが?」
「それを僕が聞いているのだけど? 何を警戒してるの、そしてなぜ君がキレてるの」
ヤバい、話が通じない。この外人さんは絶対オカシイ。さっさと交番に連れていった方がいいな。
「とりあえず証明書だしてくれる、あと事務室あるならそこの所員に連絡してもらってもいいかな。あと疑ってるようだけどコレが証拠だから」
警察手帳を見せると、食い入りように顔を近づけて確認してくる。距離が近い、近すぎる。コレ一人だと荷が重すぎるぞ。連れてったらすぐに対応できるように連絡しとこ。
「とりあえず署まで一緒に来てもらから、変の行動は……」
「待て」
「しないでねって、早速過ぎるでしょ。いいかい、君の国ではどうかは知らないけど」
呆れながら刑事はなぜアランに付いて来てもらうのかを説明しているが、当の本人には全く届いていない。そんなものよりも重要なものを見つけてしまったからだ。
「君、後ろを見てくれ。アレが見えるかい」
「なんなんだアンタは、後ろを見ればいいんだね。ホラ見たけどコレがどうしたの? 何もな、いけ、ど」
一瞬だった。ほんの数秒、たったそれだけの時間目を離しただけどアランはこの場から消え失せてしまった。まるで最初からいなかったのか。これは刑事の男が見た幻想だったのか。
しかしそれは違う。目の前に落ちてある紙に書いてあることがその証明だった。そこには丁寧な、まるで漢字のテキストに出てくる見本の字かと思うほどキレイな字が書かれている。
『急用が出来たためこの場を一旦離れさせてもらう。まだ話があるのなら後日事務所に来てくれ』
その下には住所と電話番号。そして律儀に事務所のホームページのアドレスまで書かれていた。
「……………………帰ろう。何にも僕は見ていなかったからね」
この場に残された刑事はほんの数分相手をしただけで疲れきってしまっていた。
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