第五章 似せ絵(2)

 御花園の四阿あずまやから木々の隙間を縫って乾乃宮、大極宮、そして坤乃宮と僅かではあるが穹廬群の屋根が日を浴びて白く輝くのが見える。

 それらの区域で官たちが小さな列を作って大小さまざまな大きさの箱を運んでいる。きっちりと曄服を着た官たちがあまりにも恭しく箱を持っているので、宝物か献上品だろうかとアルマはオルツィイに尋ねた。

 彼女は持っていた茶海を卓に置いて首を伸ばした。

「宝物に違いありませんが、きっと天還祭の宝物ですね。サィンやハワル――あ、ドルラル様の側仕です――も毎日官が絹やら動物の骨を運び込んでいるらしいと噂していましたから」

 オルツィイは側仕たちとは主を別にしても仲が良いらしい。トズは互いが競争相手故に敵視し合うことが多いが、側仕同士は少しでも円滑に生活を進められるよう手を取り合う人間も少なくない。オルツィイの場合、処世術があるというよりかは生来の性分に因るところが大きいのだろう。

「へぇ。宝物が沢山運び込まれてくると本当にお祭りが始まるんだってわくわくしちゃうよね」

「お嬢様、お祭りという響きは何だか違う気が。国家祭祀、です」

「そう、それ!」

 オルツィイの淹れた深紅の茶を口に含む。鼻に焙煎したような香りが充満する。飲みなれている者はこれを深いとか奥行きがある味だと表現するが、アルマには少々渋い。乳や酪を混ぜたくなる。

 暫く官たちの列を眺めていると、乾乃宮から書簡を抱えた二人の男が出てきた。官たちよりも一層きびきびとした動作でどうやら宝物を運び入れる場所を指示している。

「あら、程駿様と謝初安様ですね」

 顔をしっかりと覚えてはいないが、王宮に来た日にドルラルと言い争いをしていた人物だろう。文官だと教わり、いかにもそれらしい容貌だったように記憶している。彼らは養花殿の西門から外を覗くと、よく東奔西走しているのを目にする。

「大変そう……。何だか怒ってるみたいだし」

「程駿様は怒りんぼうなのでいつもですけどね」

 オルツィイはくすくす笑って頭の上に二本の角を作った。

「でもまあ仕方ありません。お二人は本来国史院の文官様なのですが、瑛の方々が曄式の祭祀の勝手が分からないので、出張してご指示なさっているそうです。祭祀はトゥルナ族の管轄ですが宝物の管理は致しませんので、本番までは前回の天還祭をご存じのお二方に白羽の矢が立ったそうです」

「ふーん。瑛のやり方でお祭りしないんだね」

「本来はそうあっても良いのでしょうね。瑛を庇護するのは瑛の神ですし。でも、この地を庇護してきたのが曄を守る天の神であり、民が望んでいるのが曄が信奉していた神の加護です。ですから人心穏やかに願うため、瑛の方々は多分に曄の祭祀を引き継がれるのでしょう」

 失敗重ねの曄の祭祀を引き継いで成功させた方が瑛の存在がより天に認められた正当なものだと示せるのだと彼女はいう。

「オルツィイは色んなことを知ってるね」

「そんなことありませんよ、お嬢様! きらきらした目で見るのはよしてください。全部皆さんの受け売りですから」

 褒められたことに照れて、オルツィイは首を横に振る。

 実際、彼女は記憶力が良い。アルマが学んだことを話すと記憶するのが早いし、物を知ることに貪欲である。ちゃんとした教育を受けたならばトズであっても怠惰な人間は彼女に蹴落とされるのではないかと思う。

 あれこれ余計なことを考えていると、ふと、先日のエルデニネの言葉が脳裏に浮かびあがった。

――伝手を頼るのです。オルツィイにお聞きなさい。

「そういえばオルツィイ」

「はい、なんでしょうか」

「オルツィイは程駿さんたちと面識がある?」

「面識はありますがあくまで顔見知り程度です。どうかしたんですか」

 オルツィイが驚いた。アルマも脈絡がなかったと反省したが、気にしていては始まらない。気持ちを切り替えて訳を話す。

「書庫で調べたいことがあって……」

「授業のことであれば老師たちに尋ねれば良いと思いますが」

「うーん、そうなんだけど、授業と関係ないっていうか、天還祭のことなんだ。みんな当たり前に知っているから、聞くのが恥ずかしいなーなんて」

 アルマは我ながら苦しい言い訳だと苦笑していると、急にオルツィイに両手を握られた。

「感動しました! お嬢様! お嬢様自ら国の祭祀について学ばれるのですね! それなら不肖オルツィイからお話しさせていただきます! ……ただいくつか問題が」

 悩ましげな様子のオルツィイに理由を尋ねると、

「まず、程駿様にはお取次ぎできません」

 程駿に取り次ぎが出来ないと聞いてアルマはがっかりした。あの厳しそうな文官に許可をもらえれば確実だと思ったのだ。

「但し、ハル様とツァガーン様も文官でいらっしゃいますから、お願いできたならば養花殿の外を歩かせて頂ける可能性はあります」

 できれば顔を合わせたくない相手だったが、背に腹はかえられない。

「それで一番の問題なのですが」

 オルツィイはここで一旦言葉を切る。

「甚だしきは婦女の入閣、と書庫の注意書きにはあります」

「それって」

「女性は入るなということですね」

 致命的な理由にアルマはがっかりとして肩を落とした。堂々とは入れないということだ。

「男装してもきっと見たことのない顔だと暴かれてしまうと思いますし、どうしたものかはハル様ツァガーン様と相談してみます。ここだけの話ですが」

 オルツィイは急に声を潜めてアルマに耳打ちした。

「ツァガーン様は夜、時たまですが養花殿にお越しになられるのです」

「それって……」

 オルツィイは無言で頷いた。夜の養花殿に用事のある人物は限られる。

「他言無用です、お嬢様」

 アルマも黙って頷くしかなかった。

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