第2話『 』に君の名前を入力してね!

 雪だるまみたいなマスコット『ルル』の歓迎ムードに対して、真っ白な空間に居合わせた3人の少年達はただただ困惑していた。そんな敬達の胸中を察しているのかいないのか、マスコットが陽気な声でしゃべり出す。

「皆今日は突然の招集にも関わらず、お集まり頂きありがとうだもん。折角なので、自己紹介から始めるもん。僕の名前はルル。魔法少女タクティクスの司令官を適切に導く案内人みたいなものだと思ってくれて構わないもん。これからよろしくだもん」

 ルルはふわふわと浮かびながら、敬達にお辞儀をする。それから、指の無い丸まった手で敬の右横にいる青年を指すことで話題を振る。

「次は、金髪の君の番だもん!」

 そんなノリノリの雪だるまの声を遮って、金髪の青年はかったるそうに話し出す。

「ってかよー、自己紹介とかはどうでもいいからよ、今の状況説明してくんね?」

 チャラそうな青年。金色の髪に茶色のメッシュがかかっており、その下にはいかにも軽薄そうな表情の顔が張り付いており、肌は小麦色に焼けている。敬からすると、天敵にカテゴライズされる人間だ。自分をスクールカーストの頂点であると勘違いしているような輩。それが彼に対する敬の第一印象だった。

 彼の問いかけに対し、ルルは応じることもなく、さりとて別の話題を発することもなく、ふわふわと浮かび続ける。まるで金髪の青年が自己紹介をするのをまだかまだかと待っているかのように。

 そんな態度が癪に障ったのであろう。チャラそうな青年は苛立ちを交えてルルに詰め寄る。

 だが、雪だるまは一向に返事をする気配さえ見せない。その状況に我慢ならなかったのは当たり前なのかもしれない。沸点の低そうな外見通りに、怒鳴りながら金髪の少年が殴りかかる。

 しかし、その拳がルルに届くことはなかった。金髪の青年の拳がルルの頭を打撃する寸前に、黒く濁った障壁が出来たからである。その障壁はこの世の常識の範囲を超えたもの、つまりは『魔法』であることを直感が告げていた。

 障壁を殴打する結果となった金髪の青年は、赤くなった拳を抱えて蹲る。その光景を見下すかのようにルルはしゃべり出す。

「僕は自己紹介をお願いしたもん。そ・れ・な・の・に?攻撃をしてくるというのは頂けないもん。次やったらどうなるか分かるもん?」

 口調は先ほどと変わらなかったが、明らかにルルの纏う空気が悪くなっていた。ルルの様子に怯えたチャラ男はこくこく首を縦に振る。

「ご理解感謝するもん。ではでは、気を取り直して。どうぞだもん」

 ルルは纏っていた黒いオーラを霧散させて楽しそうに言葉を口にする。その変化に安堵した青年は、にかっと微笑みながら自己紹介を始めた。

「ウィっす。お騒がしてすんません。新沢錠之助にいざわじょうのすけ。高校2年っす。彼女はいまーす。リナっていうめっちゃ可愛いやつなんだけど、最近会えてなくて超寂しいっす。このまま行くと孤独で死ぬかもしんないっす。ってか、学校でヤッただけで外出禁止とかイミフなんですけど?!あー、あいつらぶっ潰してぇ」

「ジョウ君落ち着くもん」

「ルルさん、すんません。えーっと、何の話してたっけ?まあいいか。よろしく」

「もんもん。愛の語らいは制限されるべきでないと僕は思うもん」

「流石ぁー。ルルさん分かってますねぇ」

 調子のいいやつだ。自分が敵わないと分かった相手だと悟った時点で、手のひらを裏返すかのように下手に出る。そういったやつは信用ならない。敬の中では、彼に対する好感度はマイナスを振り切っていた。

 そんな敬の内心を知る訳もなく、ルルがワクワクした様子で言葉を紡ぎ始める。

「次に、黒髪の君にお願いしたいもん」

指のない丸まった手は敬の方に向けられていた。彼としては自己紹介なんて御免蒙りたかったが、ルルに反論するのは得策ではないと思いしぶしぶ名乗る。

「俺は…神田敬…よろしく」

「よろしくだもん」

敬の方にふわふわと浮かびながら近寄ってくるマスコット。きらきたとした瞳でその先を期待するかのように。だが、黒髪の青年は名乗った後に口を閉じてしまう。

 そんな敬をあやすかのように、ルルは喋る。

「もう少し敬君の話をしてほしいもん。自己紹介というのは、自分のことを他の人に分かってもらうことだもん。名前だけなら、アカウント見れば分かる情報だもん」

 敬は昔から自分のことを表現することが苦手だった。そういうタイプの人間が、こんな得体の知れない空間に飛ばされて、その上見ず知らずの人間二人と謎のマスコットに自分のことを話せというのは、到底無理な話である。

 ルルも自分が無茶ぶりをしていることに気付いたのであろうか。丸まった片手を頭部の下につけ、傾げた様子をとる。困ったもん、とか呟きながらうんうん唸ること暫し。二つの手をポンと鳴らして、何か閃いたとばかりに敬にテーマを提供する。

「じゃあ、『魔法少女タクティクス』をインストールした理由を教えてほしいもん。きっとすごい理由があるにちがいないもん」

 ほんと勘弁してほしい。それは敬の心の底からの声だった。すごい理由などあるわけがない。暇だったから。それ以外に理由などない。が、さっきのチャラ男とこのルルのやりとりを見ると、どうやらこのマスコットの機嫌を損ねると非常に面倒くさいのであろう。葛藤の末、当たり障りのない回答を口にする。

「『テクトラス・オンライン』で…。ランキング1位になったから…。このゲームでも1位になってみようかと…」

「も、もしかして、あの『Mr.K』だったり、しますか?」

 もごもごと敬に問いかけてきたのは、敬の左側にいる小太りな少年である。そんな問いかけに、短く肯定の声を上げる敬。

 それを聞くや否や、先ほどまで存在感のなかった小太りな少年は、興奮した口調で言葉を続ける。

「凄いです!あの、あの『Mr.K』って本当に実在したんですね?!破竹の勢いでオンラインゲームのランキング1位を獲得していっている人が、自分と同じぐらいの年代だったなんて…感激です。て、てっきり運営側が作ったアカウントかと思ってましたよ」

「もんもん。敬君はなんとなんと超有名人なんだもん!だから、二人も敬君を頼りにしてくれていいもん」

 何でお前が偉そうなんだ?とか思ったが、気にしたら負けだと自分に言い聞かせて黙ることに終始する。

敬の言葉に満足した様子のルルは、敬からふわふわと離れていく。ようやく敬のターンは終了のようだ。緊張で力の入っていた肩の筋肉が弛緩していくのを感じる。

 うきうきした様子のルルは、次に小太りの少年に自己紹介を促す。

 オタクくさいデブ。クラスに1人はいて、いじめられそうなやつ。まあ、高校からほとんど高校に行っていない敬にとっては、勝手なイメージでしかないが。こんなやつが自ら髪の毛を染めるということもないだろうから、地毛なのであろう茶髪が特徴的である。

「じ、自分は、合田ごうだ聡さとしと言います。昔から、オンラインゲームが好きで。学校も最近行ってないので時間がありまして…。そんなわけで、い、色んなゲームをかじっています。そうは言っても、『Mr.K』みたいに腕が良いとかでは全然ないんですが…。はい。『魔法少女タクティクス』を楽しみたいという気持ちから、インストールしました。よ、よろしくです」

 合田の自己紹介を聞き終えた雪だるまは、ちょうど3人の正面に着地して本題へ話を切り出す。

「もんもん。皆の個性あふれる自己紹介楽しかったもん。ありがとうだもん。皆の自己紹介が完了したところで、僕からのお知らせだもん」

 そう言って、ルルは敬達の置かれている状況を話し始めた。大体こんな感じの内容だった。


 一見すると魔法とは無関係に見えるこの『世界』も、実は根底には魔法の力が存在していて、それによってバランスが取れている状況とのこと。このまま何事も無ければ、後数百年は平穏な『世界』が続くはずであった。

 けれども事態は急変した。『世界』の外側から、そうしたバランスを脅かす存在が現れ始めたのである。ルルを案内人とする『本部』は、これらの脅威なる存在を『ウィザード』と命名し対策を練ることにする。

 具体的には、『ウィザード』と同じ能力を有するようにつくられた『魔法少女』にて、迎撃するという作戦だった。

 ただこの作戦には致命的な問題があった。いくら『ウィザード』と同じ能力を有するとはいっても、所詮は急造したまがい物。『魔法少女』は連携を取ることも出来ず、敗戦に次ぐ敗戦を余儀なくされた。

 そんな状況を打開すべく、戦略をもって『魔法少女』を勝利に導くことができる『司令官』を全国から招集することにした。『魔法少女タクティクス』というゲームを用いて招集された『司令官』候補こそ敬達なのであると。だから『世界』を救うために頑張ってほしい!


 大体こんな感じの内容だった。ルルは一通り話し終えると、ふわふわと浮かび始めて両手を大きく広げる。

「それでは、『司令官』のお三方チュートリアルに移るもん。それが終わったら質問タイムを作るので、まずはチュートリアルに励んでほしいもん」

 ルルの陽気な声が白い空間に響き渡る…。

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魔法少女タクティクス 桜井 空 @11921230

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