Air Hockey.5

 始まってから一分が経過しようとしていた。



 「姉さんっしっかり守備してよ!あんなポンコツそうな男子なんかにゴール決められないでよ!って、あと一分しかないじゃん」



 攻撃性の妹カナが姉であるユメに不満をぶつけまくっていた。それは何故かというと、の攻撃がどんどん決まっていくという超常現象が起こっていたからである。



 「カナッ!彼のパックが、止めらんない!あり得ない速さで反射しまくるし…………あーもうっ‼」



 『ピピーッ‼第一セット目終了です。勝者はZOE & SIG コンビ、六百対二百となっています』



 圧倒的な差に今度こそ驚きが隠せていない姉妹コンビは点数を聞いて、目を見開いている。あり得ないといった表情は姉妹コンビに負けた選手たちが主に見られた。戦ったからこそわかる何かが、彼らの表情を生み出しているのかもしれない。その姉妹対戦相手は一分間のレストタイムに入っていた。



 「…………実感なかったけど、意外と入るんすね。あれはマイ先輩相手だったからなのか。どうりで姉妹コンビのゴールにすんなりと入っていくわけだ」



 「でも、コツをつかんだらかなり使えるようになったんじゃない?私が見た時よりも洗練されてた気がしたし。あの反射スピードと的確なゴールへの侵入は見事だったわね。アレに慣れるのにはかなり時間がかかるでしょうし」



 秘密技その1は『ハイスピード反射攻撃』通常「ハイ反」はマイの秘伝技。パワーがあればあるほどスピードが上がり、反射する際のスピードが格段に速くなる。約4回の反射でゴールに到達するがその道筋が見えないことが最大の特徴。直接狙うよりも決定率が高く、マイが個人戦でよく使用していた。今セットの勝因は確実にこの攻撃が有効だったからだと言える。



 ◇



 二セット目は苦しい戦いだった。結果としては四百対四百五十で姉妹の勝利。有効だったハイ反は中盤で中盤で目が追いつくという思った以上に早い段階で無効の攻撃と化してしまった。追い上げもあって、結局五十ポイント差で負けてしまった。



 ◇



 最強姉妹はこの現状では勝利が容易ではないとなると踏んだようだった。



 「姉さん、多分やるしかないよ。例のアレを使わないと、確実に勝利できない」



姉のユメの表情は非常に険しかった。このレストタイムは気を緩めず、落ち着きを取り戻し、集中力を保つという意味合いが込められた大会サイドのホスピタリティー。それなのにも関わらず、彼女は気をより引き締めているようにも見える。しかし、カナの言葉によって肩の力が抜けたのか眉間のしわが消えていった。



「そうね、確かにやらないと殺られるかもしれない。でも、タイミングは重要。互いがワンセット取ってるこのシチュエーションでは先にニセット目を取った方が優勢になる。けれど、ここでアレが失敗してニセット目が取れなければ……かなりきついのは目に見えてる」


姉妹は悩んだ。ここで使うか、使わないのか。けれど、その思考時間はニセット目のスタートする予鈴によって遮られた。





運命の第三セットは残り三十秒を切り、卓也とマイが100点差で優勢を究めていた。



「「このまま………行けるッ!」」



卓也とマイの心がシンクロしたかのように同じことを心に思い浮かべた。

しかし、神様とはなんと残酷非道なものなのであろうか。二人はこんなことを予期していなかった。

二十五秒地点でこの試合は動いた。



「(姉さん。ここで決めるよッ!)」



そのウインクだけの合図は姉が実力の解放をしなければならない、という切り札の使用を許可するものだった。今から始まるのは対戦相手にとっては紛れもなく………地獄だ。



「アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!!」



吠えたのはユメ。攻撃の適性がないはずの姉で、守備専門のガードプリンセス。その姉が吠えたのと同時にパックは思いもよらない速度で高校生コンビのゴールにインした。反射無しでのゴールはルール上………。



「嘘……今、打ったの??全く見えなかった」



唖然とするマイだが、すぐさまパックが流れ込み試合が再開する。打ったのは卓也、反射し、ゴールに一直線………というところでパックは高速の次元に捕らわれた。



「え。また、鮮やかな色をしたパックが消えた!?」



物理的には消えてなどいない。だが、明らかに人間の視認速度限界を突破している。それも、防御一筋だった筈の中村姉から放たれている。それは誰もが入ったと思ったに違いなかった……。



……だが、その鮮やかな色で包まれた大きなチップはマイのマレットの下に挟まれていた。



「………って、なーんだ。ちゃんと演技してるじゃないですか。マイ先輩?」



「フフッ。これなら、助演女優賞とか頂けそうね。迫真の演技だったでしょう?中村姉妹さん?」



姉妹は何が起こったのかわからない、現実に起きていることがあり得ないといった表情を浮かべ、目が点になっている。

だが残りは十五秒。この時点で打ち返しても一か八かの賭けになる。しかし、この二人は知っていたのである。姉の奥義の弱点を。そして、卓也とマイのチームに百点が追加される。



「………私たちは知ってるんですよ?貴女の奥義は『十秒間しか使えない』ただの諸刃の剣であることをね」



「その上、十秒間が終わった後は守備もろくに出来なくなるポンコツに変わることも知ってるんすよ。全く、舐められたもんですね」



残りは十秒。決勝点を決める戦いが始まる。

中村姉妹の陣地に流れ込んだパックは使い物にならない姉が打たずに本職の妹が打つ。しかし、先ほどのユメの攻撃を見た後ではスローパックにしか見えず、ポンコツ男子にも止められるようだ。そして、決勝点を決めたのはもちろん。



「………さ、マイ先輩の渾身の一撃でこの勝負は決着をつけましょう」



「あとワンセット残ってるんだけどねッ!」



そう言ってから放たれた紅のパックは豪速球で現在ガラクタとなっているユメサイドに突っ込んでいく。本来なら止められているであろうパックはその真下のゴールに一直線に吸い込まれていった。カウントはゼロ。





「最後のセットは楽でしたね。向こうの奥義の『テンセコンド・ブースト』を知らなければ惨敗でしたよ。ま、それでも負ける気はしないですけど」



決勝戦を勝利し、その場にいた者の歓喜に包み込まれた後の祭りは静かな公園で行われていた。主に駄弁り合うだけだが。



「そうね………全部私の作戦勝ちというところね。君は『ハイ反』を学んで実践しただけに過ぎないものね」



「う、うっせぇ!俺だって頑張ったじゃないですかッ!!てか、俺のあれがなければ………」



「世界は取れそう?」



不意打ちの言葉が卓也の心に突き刺さった。あの日お願いされた、とある少女の我が儘が生み出した壮大な目標。卓也は世界の頂が獲れるかどうかなんて全くわからない。けれど、今回の勝負を通して感じたことをそのまま彼女に伝えた。



「先輩となら、見たことない景色で一緒に笑いあえるかもしれないっすね」



二人は世界制覇への道にやっと一歩踏み出せたに過ぎない。しかも彼らが挑むのはゲーセンにある遊戯の頂点の座。ただしこれだけは言える。



『これはただの遊戯ではない。本気のスポーツである』





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放課後エアホッケー 街宮聖羅 @Speed-zero26

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