8 反乱者たちの手紙


 縄梯子なわばしごを降りた先は、一辺が二パッスス四方の小部屋だった。

 ただし、こちらは、円形の四阿と違って四角だ。一室だけで、他に続き部屋はない。


 この隠し部屋は、他人をもてなす事態など、想定していないのだろう。簡素な部屋だった。


 壁は荒削りな石造りで、もちろん彫刻等はない。四方から抑えきれない湿気が侵入してきて、部屋の中にこもっていた。

 右手の壁際には木の棚が置かれており、壺や巻物等が雑然と入っている。


 それよりも、俺とコレティアの視線を引きつけた物は、部屋の中央に置かれた大きなテーブルと、その上に小山のように積まれた巻物や書字板だった。


 砂漠で彷徨さまよう旅人がオアシスを見つけたかのように、俺達はテーブルに駆け寄った。手近な巻物を手に取って開く。


 俺が手にしたエジプト産の高級パピルスでできた巻物は、現在、パルティアで甥のヴォロガゼス二世と王位を争っているパコルス二世からの書簡だった。


 中には、ユダヤで反ローマの蜂起が起こると同時に、パルティアは示威行為の為にシリアへ進軍を行う。パルティア軍は、これまでローマ軍に勝ち続けてきた。今回もローマ軍を苦しめ、銀鷲旗アクィラを奪ってみせるだろうという内容が書かれていた。


 現在までローマは、パルティアに会戦での勝利を経験していない。

 ローマ暦七〇〇年(紀元前五三年)にクラッススが、七一七年(紀元前三六年)にはアントニウスが、それぞれパルティアへ挑んだ。


 ところが、クラッススは戦死、アントニウスも撤退した。

 その際、両者とも、ローマ軍団の銀鷲旗をパルティアに奪われている。


 軍団の象徴ともいうべき銀鷲旗を敵に奪われる事態は、ローマにとっては屈辱以外の何物でもなかった。


 懸念していた通り、キウィリスはパルティアと通じていたのだ。


 大国パルティアの王族まで巻き込んで反ローマの陰謀を企てるとは、敵ながら、大それた陰謀を画策したものだ。


 俺が次に手にした巻物は、アレクサンドリアで俺とコレティアにシカリオイをけしかけた商人、アブシェバからの手紙だった。

 こちらには、首都ローマで合図があれば、すぐにユダヤで反乱を起こす旨が書かれていた。


「こっちはダキアのゲルマン人部族との共闘が書かれているわ。ローマのウェレダとやり取りした手紙もある」


 俺とは別の巻物を読んでいたコレティアが、顔を上げて報告する。


「ケリアリス総督が言っていたように、キウィリスは、ダキアのゲルマン人部族も、反ローマに扇動していたのか。各地で一斉に蜂起が起こったら、ローマ軍の三十軍団すべてを動員しても、手が回らないぞ」


 俺は計画の全容を書いた巻物がないかと、机の上をあさった。


「アブシェバからの手紙には、ローマで合図を起こすと書いてあった。離れた各地で同時に反ローマに起つんだ。間違いがないように、合図が必要なんだろう。だが、何を合図にするつもりなのか……」


 広大な帝国中へ、同時に情報を伝えるなら、帝国の中心であるローマで大事件を起こすのが一番だ。


 たとえば、皇帝暗殺というような。


「ウェレダの手紙に、合図について書いてあったわ」

 俺の疑問に答えたのは、コレティアだった。


「キウィリスは十年前と同様に、カピトリヌス丘のユピテル神殿を燃やすみたい。神々がローマを見捨てたと、民衆が信じるように」


 十年前、内乱の中で、ローマの最高神ユピテルに捧げられた神殿は、ローマ人自らが放った炎で焼失した。

 火事の報を知った民衆は、神々がローマを見捨てたと慨嘆がいたんし、キウィリスら反乱軍は、意気を上げた。

 キウィリスは十年前の再現を目論んでいるらしい。


「元々、アグニの噂は、ユピテル神殿に放火した後、犯人の捜査を撹乱かくらんする為に流す予定だったらしいわ。けれど、八月に、ウェスウィウス山が噴火した」


「反乱者達は、アグニが反乱成功の前祝いをしてくれたと、意気揚々だっただろうな」


 俺はコレティアの言葉を引き継いだ。


 人間が自然災害を自由に操る力を持つなど、未来永劫、不可能だ。

 だが、自然を利用する手段はある。反乱者達は、見事にウェスウィウス山の噴火を利用したわけだ。


「合図の件よりも、ウェレダの手紙には、もっと気になる名前が書いてあるの」


 口を開いたコレティアが、途中で、はっとしたように言葉を止めた。

 同時に、俺も背後の落とし戸を振り返る。


 小さなきしみを立てて、落とし戸が持ち上げられた。

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