7 庭園の片隅で


 扉の向こうは、庭園だった。

 とはいえ、真冬の今は、花なんて一輪も咲いていない。


 糸杉やモミの若木などの常緑樹が、寂しい庭に緑の彩りを添えていた。


 おそらく、庭を設計した人物は、ローマ風のペリスティリウムを意識したのだろう。庭園の向こうには列柱回廊が見える。

 列柱回廊の更に向こう側には玄関広間アトリウムも見えた。ローマなら、噴水が水音を立てているところだが、代わりにゲルマン風の炉床が設けられている。


 庭園の片隅には、四阿あずまやも設けられていた。

 白い石造りの柱や屋根には、なかなか精緻せいちに白鳥や木の葉が彫られている。

 反対側に馬小屋が建てられているのが、いかにもゲルマニアといったところか。


 雪がはらはらと降る庭園は無人で、静かだった。

 時折、馬小屋から、馬の低いいななきだけが聞こえてくる。


 二階建ての母屋の方も静かだが、これだけ大きな屋敷だ。たとえ主人が不在でも、奴隷達が働いているだろう。


 ここがキウィリスの屋敷である可能性は高い。こんな辺境の町に二階建てのローマ風の屋敷を構えるなんて、族長でなければ不可能だ。


 ならば、俺達がするべき所業は、ただ一つ。

 忍び込んで、キウィリスが陰謀に関わっている証拠を捜し出さなくては。


 俺はコレティアの手を引いてモミの木の陰に身を潜めると、母屋の間取りをうかがった。


 陰謀の証拠となるものが置いてあるとすれば、おそらくキウィリスの私室だろう。まさか、人の出入りが多いタブラリウムではあるまい。


「やっぱり、知っているわ」


 碧い瞳を皿のように見開き、屋敷を見回していたコレティアが、小さな声で呟いた。


「私、この家を、よく知っている……」


 コレティアは熱に浮かされたように告げ、見えない何かに呼ばれたように、四阿あずまやへと歩んでいく。


 コレティアの後を追った俺は、胸の中にわだかまっている疑問を口にした。


「コレティア。そういえば、あんたの母親については、話を聞いた覚えがなかったな?」


 コレティアの容貌からすれば、母親がゲルマン人であるのは間違いない。


 俺はコレティアから、実の母親の話を詳しく聞き出していなかった。

 以前、コレティア自身から、生みの母親が死んだ為、ケリアリスに引き取られた過去や、七歳の時に高熱を出し、幼い頃の記憶を喪失した過去は聞いていたが。


 コレティアが、失くした記憶を心の奥底で気にしているのは知っている。


 だが、死んだ母親の話など、コレティア自身が口にしないのに、赤の他人である俺が無遠慮に立ち入っていいものではない。

 遠慮から、死んだ母親について詳細な事情はわざわざ確認していなかったのだが……。


 まさか、コレティアの母親は……。


 俺が疑念に捉われている間に、四阿へ入ったコレティアは、床へ屈み込んだ。


 四阿は直径が二パッスス(約三メートル)ほどの円形で、俺の腰の高さくらいの低い壁が周りを取り囲み、壁の近くには木製のテーブルと椅子が三脚置かれている。

 真冬に、凍えるほど寒い四阿でくつろぐような酔狂な奴はいないのだろう。隅へ寄せられたテーブルや椅子の上には、数枚の枯れ葉が載っていた。


 床は木製で、寄木細工になっている。床の枯れ葉は掃き清められていた。

 しゃがんで、床に右手を這わせていたコレティアは、不意に碧い瞳を輝かせると、床の一ヶ所の木片を抜き取った。


 驚く俺の目の前で、床に巧妙に隠されていた落とし戸を持ち上げる。


「驚いたな。こんなところに扉があるとは」


 ガリアやゲルマニアでは、略奪者から財産を守る為に、床下に隠し部屋を作って、そこに貯えを隠すのだと聞いた覚えがある。

 まさか、ノウィオマグスのような湿地でも、同じ手が使われているとは思わなかった。おそらく、作る為に、かなりの労を掛けたのだろう。


 落とし戸から下がる縄梯子なわばしごに、コレティアはためらう様子も見せずに足をかけた。


 ここまで来れば、前進しかない。

 俺はもう一度、周囲を見回して人の気配がないか確認すると、コレティアに続いて縄梯子を降りた。


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