6 鍵開けは淑女のたしなみ?


 翌朝、俺達は、宿屋の簡素な朝食を食べ終えると、すぐにノウィオマグスの町へ出た。


 昨日の雨は雪へと変わって降り続いている。


 幸い、雪は、はらはらと小雪だった。

 俺とコレティアには都合がいい。俺達は半乾きのパエヌラを羽織ると、フードを目深に被った。


 どうせ、すぐに余所者だとばれるだろうが、遅い方がいい。俺はローマ人にしては背が高い方だが、ゲルマン人の体格の良さとは、比べものにならない。


「さて、どこから手を着ける? キウィリスの家でも探してみるか?」


 俺は低い声でコレティアへ言って、辺りを見回した。

 ノウィオマグスは、どことなく寂れていた。人家が密集して建っていないせいかもしれない。


 十年前、ケリアリス率いる反乱鎮圧軍に追い詰められたキウィリスは、ノウィオマグスから、更に奥地へと撤退した。


 ノウィオマグスを占領した反乱鎮圧軍は、焼き残った農地を更に破壊した。

 ただし、キウィリスの所有物を除いて。住民のキウィリスへの反感をあおるための手だ。


 町は、まだ十年前の痛手から立ち直っていないようだ。所々、瓦礫がれきのまま放置されている家がある。町の外には、荒れ果てたままの農地が放置されているのだろう。


 町の中央を走る大通りは敷石で舗装されているが、脇道は全て土の道だ。昨日の雨で、ぬかるんで、水溜まりができている。歩けば、ブーツが泥だらけになるのは間違いない。


「キウィリスの屋敷は、十年前には焼かれなかったはずだ。族長の屋敷だ。古くて立派な屋敷を探せば、すぐに見つかるだろう」


 俺はコレティアに話しかけたが、返事はなかった。

 コレティアは、ちり一つたりとも見逃すまいとするかのように、碧い瞳を見開いて辺りを注視している。


「まずは、大通りに沿って歩いてみるか?」


「こっちよ」


 宿を出てから今まで、無言を貫いていたコレティアは、不意に決然と告げると、大通りを歩き始めた。

 俺は、戸惑いながらも、コレティアに遅れまいとついていく。


 コレティアは大通りをしばらく進むと、ぬかるんだ脇道へ入った。

 そのまま、幾つかの角を通り過ぎ、一度だけ曲がる。


 コレティアの足取りに迷いは一切ない。


 やがて、コレティアに導かれた先に、ローマ風の立派な屋敷が現れた。

 なかなか年季が入った建物だ。これを建てた人物は、ローマ文化の取り入れに熱心だったのだろう。


 道に面した表側からは、屋敷の住人が在宅かどうかは、わからなかった。石造りの古めかしい高い壁も分厚そうな木の扉も、人を拒んでいるように見える。


 コレティアは閉まっている扉を一瞥いちべつしただけで、屋敷の前を通り過ぎた。角を曲がり、屋敷の裏へと回る。


 屋敷の裏側も高い壁が巡らされていたが、一ヶ所だけ、勝手口の扉がつけられていた。

 当然ながら、閉まっている。


 コレティアは逡巡せずに勝手口へ近づいた。扉に手を掛けようとしたところを、俺は慌てて引き止めた。


「どういうことだ、コレティア。ここがキウィリスの屋敷なのか? だとしたら、なぜ、あんたは、それを知っている?」


 俺に問われて、コレティアは初めて戸惑いの表情を見せた。


「わからないわ。けれど、知っているの。体が勝手に動くのよ」


 コレティアは勝手口の木の扉へ手を掛けた。こちらも鍵が掛かっている。


 コレティアは髪を留めていた銀製のピンを一本さっと引き抜くと、鍵穴へ慎重に差し込んだ。

 何度かピンを動かすと、小さな音がして、鍵が外れる。俺は思わず口笛を吹きそうになって、慌てて自制した。


「元老院議員のお嬢様が、まさか、鍵開けの技術を持っているとはな」


 小さい声で揶揄やゆすると、コレティアは、まるで鍵開けが詩歌や機織はたおりと同じく、淑女のたしなみであるかのように、あっさり告げた。


「ここの鍵は、甘いのよ。昔から」


 コレティアは、そっと扉を開けると、体を滑り込ませる。

 俺は、胸中でどんどん膨らむ疑念を押し隠して、コレティアの後に続いた。


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