5 ポピディウスからの手紙
官邸の一室に泊めてもらった俺は、翌朝、コレティアと共に、アンティオキアの南東あるユピテル神殿へと向かっていた。
町の中央には、町を縦に分割するように大通りが走っている。ローマの支配を受けるようになってから、列柱廊に改装された大通りは、壮観だ。
アンティオキアを縦断する大通りの長さは二ミリアリウム(約三キロメートル)にも及んでいる。
大通りの車道は、背に野菜を積んだロバや、建築資材を積んだ荷車を曳く牛等が進んでいる。
両側の屋根付きの列柱廊は、商人や仕事道具を入れた袋を持った職人、水汲み用の壺を抱えた奴隷等、様々な人々で賑わっていた。
「どこへ行くの?」
コレティアの美貌は、どこの町でも目立つ。
ゲルマン人が珍しいアンティオキアでは、尚更だ。
今までの習慣で、コレティアに変なちょっかいをかけようとする奴がいないか、周囲に目を配っていた俺は、ついうっかり、コレティアの質問に正直に答えてしまった。
「ああ、ユピテル神殿だ」
言ってから、舌打ちする。
コレティアの護衛の代金は、夕べ、ケリアリスから受け取っている。
もう、俺には、コレティアを守らなければならない義務は一切ないというのに。間抜けな自分自身が腹立たしい。
コレティアは行き先を聞いただけで、用事の内容を察したらしい。
「ポピディウスから手紙が届いているか、確認するのね」
ローマには、国営の郵便制度がある。
皇帝が総督へ送る指令書や、属州の高官が皇帝へ提出する報告書等の公文書は、パピルスの巻物に書かれるが、運び人は巻物を入れた皮製の筒を背負って、街道を馬で疾走する。
街道には、平均八ミリアリウム(約十二キロメートル)ごとに、疲れた馬を乗り換えるための
属州の役人が頼めば、公文書だけではなく、家族や友人への手紙も、ついでに届けてくれた。
一方、一般人の為には、郵便馬車があった。
故郷を離れて働く者が家族へ手紙を送ったり、家族が辺境勤務の兵士へ送る小包は、郵便馬車で運ばれる。
他の手段としては、手紙を届けたい土地に旅立つ旅行者に依頼する手もあった。
途中、強盗に遭ったり、船が沈没したりと、不慮の事態が起こる可能性はあるが、謝礼を渡せば、大抵の善良な旅行者は、巻物の一本、書字板の二枚や三枚くらい、荷物に加えてくれる。
母親が旅先の息子に手紙を届けたい場合などには、手紙は旅先の土地の大きな神殿に届けられる。
旅行者同士が伝言や手紙をやり取りしたい場合も、神殿が利用された。どの町にも、神殿は幾つもあるので、あらかじめ、どの神の神殿か決めておけば、なお良い。
俺はローマを出発する前に、ポピディウスに、もし手紙を送るなら、アンティオキアのユピテル神殿へ送るように伝えていた。
かなり短い期間でアンティオキアまで来たので、ポピディウスから手紙が届いているかはわからない。そもそも、知らせる事柄がなければ、手紙など送ってこないだろう。
ローマを発つ前、ポピディウスはグレースムの正体を調べるようにコレティアにそそのかされていたが、ポピディウスが惚れた女の正体を確かめるなんて、不可能に近い。
逆に、グレースムに手玉に取られて、有り金を
ローマの最高神、ユピテルだけあって、神殿は大きく立派だった。
幅広の階段を登って神殿へ入ると、すぐに犠牲を捧げる祭壇があり、奥には大理石でできたユピテル神の立派な像が参拝者を見下ろすように立っている。
俺は一人の神官を捕まえると、名前を告げ、手紙が届いているかどうか尋ねた。
一度、奥へ引っ込んだ神官は、しばらくすると、パピルスの巻物を一本、手にして現れた。
「ポピディウスという方からの手紙です」
俺は礼を言って受け取ると、銀貨を一枚、神官へ渡した。手紙を預かってくれた礼に、いくばくかの寄付をするのが慣例だ。
「本当に手紙が届いていたのね。私達がローマを発ってすぐ、手紙を出したのかしら?」
コレティアが俺の手の中の巻物を見て、感心したような声を上げる。
正直なところ、俺も手紙が届いているとは予想していなかった。
いったい、何が書いてあるのやら。
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