4 あたしは、ちらっと聞いただけ


 だが、こちらの出方を探るような上目遣いは変わらない。まだ機会さえあれば、しらばっくれる心積もりが明らかだ。

 それでも、少しは話す気になっただけでも、前進というべきだろう。


「俺達が知りたいのは、どんな奴が密輸に関わっていたのか、だ」


「あたしは、そこまでは知らないよ。全部、ゴルテスがやってたからね」

 ふいっと顔を逸らせて、カリペが言う。


「ゴルテスが密輸をしていたことは、ずっと知っていたんでしょう?」

 知っていて当然だろうという表情で、コレティアが口を挟む。


「あの人が何かをしていたのは、知っていた。けど、それが密輸だとは、ついぞ知らなかったよ。でもまあ、急に羽振りがよくなったからね」


 カリペは言葉を濁した。

 ゴルテスが大金を稼いでいたのは気づいていたが、どんな悪事に手を染めていたかは知らないと、どこまでも言い逃れる気か。


「ゴルテスは、取引相手を連れてきたりはしなかったのか?」


「ないよ。あの人は秘密主義だもの。仕事や船の話を家でするような人じゃなかったし」


 カリペの口調は素っ気ない。

 じゃらじゃらと着飾って化粧をしたカリペを見る限り、夫と共に航海をしたり、帳簿をつけるような健気な妻には、とても見えない。


 密輸について知らないという弁解は、あながち嘘ではないだろう。俺は質問の方向性を変えた。


「ゴルテスに、愛人はいなかったのか」

 カリペが有益な情報を持っていないのなら、持っていそうな人物を他に探すだけだ。


「あたしが、あの人がよそに愛人を作るのを見逃すと思ってるのかい?」

 カリペは唇を歪め、声を立てて笑った。


「ま、遊びくらいなら許してあげたけどね」


「愛人になるほどの娘が現れたら、せっせと叩き潰してたってわけか。見かけによらず、働き者だな」


「害虫を放っておくような馬鹿が、どこにいるもんか」

 俺の皮肉を、カリペは笑顔で受け止めた。


「せっかく、運が向いてきたんだ。他の女に奪われるなんて馬鹿な真似は断固しないよ」


「死神には奪われたがな」


 すかさず言ってやると、カリペは腹立たしそうに爪を噛もうとして、やめた。高価な染料で爪を染めていたからだ。


 ゴルテスは死んだが、家の内装等を見る限り、調度品を売り払えば、女一人が慎ましい暮らしをする金に不足はしないだろう。

 カリペは、俺とは違う意見のようだが。


「ああ、まったく。ついてないよ。ようやく幸運が巡ってきたってのにさ。ゴルテスが捕まって処刑されちまうなんて」


 カリペは手に入れた贅沢ぜいたくを手放す気は、全くないらしい。

 だが、稼ぎ手であるゴルテスがいなければ、早晩、今の生活を続けられなくなる。


 真実をカリペに教えてやる頃合いだと感じた俺は、さりげない様子を装って、口を開いた。


「カリペ。本当は、ゴルテスは処刑されたんじゃないんだ。殺されたんだよ、ローマで」


 言葉がカリペの意識へみ通るのを待って、沈黙する。


「なんだって?」


 カリペが静かな声で続きを促す。俺は言葉を区切りながら、ゆっくりと話した。


「ゴルテスは、ローマで殺された。死体は川へ沈められたが、縄が切れて流されて、それを俺達が見つけた。死体を見つけた縁で、俺達は犯人を探してるんだ」


「あんた達が、犯人を?」


 カリペが俺達を交互に見やる。が、不意に、はっとした表情で噛みつくように尋ねた。


「じゃあ、密輸の話は、なんだったんだい! あたしをだましたんだね!」


「ゴルテスの捜査の中で、密輸の件がわかったの。ローマの警察隊が調査に動いているのも、事実よ」

 コレティアが静かな声で言い、憤るカリペをなだめる。


「私達は、犯人は、密輸仲間じゃないかと睨んでいるの。でも、ローマでは、それらしい人物を見つけられなかった。カリペ。残った手掛かりは、あなたなのよ。ゴルテスを殺した犯人について、何か心当たりはない?」


 コレティアの問いに、カリペは黙り込んだ。

 視線が忙しなく動いている。俺達の言葉を素直に信じて情報を渡すか、このまま黙っているか、迷っているらしい。

 俺達は何も言わずに、カリペが決断を下すのを待っていた。


 ややあって、カリペは紅を塗った唇を開く。


「あたしから、あの人を奪った犯人を取り逃がすのは、業腹だね」


 カリペは、犯人捜査に協力する方を選んだようだ。


「けど、本当にあたしは、密輸については詳しい事情は何も知らないんだよ」

 悲しそうにカリペが、かぶりを振る。


「あの人は、女が余計な口を利くのを嫌ったからね」

 遠くを見るような眼差しで、カリペが呟く。


 と、突然、ぱんと手を打った。


「そうだ。一つ、思い出したことがある。あの人が密輸を始めたのは、ローマから紹介状を持って帰ってからだよ。どうやって手に入れたのかまでは、知らないけどね」


「紹介状? 誰からかしら?」

 コレティアが眉をひそめる。


「確か、ローマの酒場で会った男と意気投合して、話を持ちかけられたとか、言っていた気がするけれど……。なんせ、何年も前のことだからねえ」


 カリペは肩をすくめた。


「アレクサンドリアへ戻ってきて、ゴルテスが紹介状をどこに持って行ったか、知っているか?」


 カリペの情報だけでは、紹介状を渡した男を探すのは不可能だ。カリペの話から推測すると、ゴルテスは密輸品の運び役として雇われたようだが。


 俺の質問へのカリペの答えは「知らない」だった。代わって、コレティアが質問する。


「今回の航海の前で、ゴルテスに何か変わった様子は、あった?」


 カリペは思い出そうと、視線を泳がせた。


「そういや、これで金をしぼり取ってやるとか何とか、言ってたね。思ったより大それた陰謀に加担してたな、とかも」


 大それた陰謀とは、穏やかじゃない。ゴルテスの仲間は、ただの密輸仲間ではないというわけか。


「ゴルテスを引き入れた奴は、密輸で稼いだ金で、何か陰謀を画策しているってことか」


「おそらく、ゴルテスは何らかの手段で陰謀を知ったのね。それを交渉材料に、仲間を恐喝きょうかつしようとした」


 俺は、コレティアの推測に頷く。


「九分九厘、ゴルテスが言っていた「もうけ話」は、恐喝のことだろうな」


 ゴルテスの性格を考えると、陰謀を知ったからといって、役人に通報する人物じゃない。

 それよりも、弱味を握った相手から金を強請ゆすりとろうとする方が、しっくり来る。


「ゴルテスが殺された理由は、口封じだな」


 ただ、ゴルテスも自分の身が危ないかもしれないと考えたのだろう。だから、密輸の証拠となる収支を書いた書字板を、ウルビアの店に隠した。


 地名等の単語が書かれたもう一枚の書字板は、陰謀に関係しているに違いない。


 だが、単語の羅列だけでは、陰謀の内容を推測するのは不可能だ。無駄だろうと思いつつ、俺はカリペに尋ねた。


「ゴルテスは陰謀について何か漏らさなかったか? どんな些細な話でも構わない」


 俺とコレティアのやりとりを不安そうな面持ちで聞いていたカリペは、俺の質問に、びくりと肩を震わせた。


「あ、あたしまで、口封じに殺されないだろうね? あたしは、ちらっと聞いただけなんだよ。陰謀なんて、なんにも知らないよ!」


「何を、聞いたんだ?」


 俺はカリペを真っ直ぐ見つめた。カリペは俺から視線を逸らせると、小さな声で呟いた。


「ローマ帝国中が、大変なことになるだろう、って」

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