10 ポピディウスは首ったけ
「ポピディウス。グレースムとは、どの程度、お近づきになってるんだ?」
コレティアを連れてポピディウスの家に行き、顔を見るなり尋ねた俺に、ポピディウスは顔を赤くしてうろたえた。
「お近づきにって言われても、その……」
「つまり、単なる客の一人でしかないわけか」
付き合いが長いので、最後まで聞かなくても、ポピディウスが言おうとした状況は、わかる。
ポピディウスは、冷やかした俺を恨みがましげに横目で見て、言い訳を口にした。
「グレースムは、その辺の安い女とは、全然、違うんだ」
「それで、贈り物の値段をどんどん吊り上げてるってわけか」
なかなか、したたかな女だ。
俺の言葉に、ポピディウスは大きくかぶりを振った。
「違うよ。ルパスはグレースムを誤解してるよ。彼女から何かが欲しいとかねだられたことはないんだ。いつも、僕が一方的に渡しているだけで……。そりゃ、グレースムからお願いされたら、何だって贈るけど」
グレースムの姿を脳裏に思い描いているのか、ポピディウスはうっとりと呟いた。
「それはまた、すごい惚れ込みようだな」
俺は呆れ気味に、小声で冷やかす。
ポピディウスが裕福な商人の息子と知って、
俺は、清純な女占い師がいるだなんて、断固として信じない。絶対に、客から搾り取る方法を画策しているに違いない。
そもそも、わかりもしない未来について
どんどん声が険しくなる俺に代わって、コレティアがポピディウスに笑顔で尋ねる。
「グレースムは、どんな女性なの?」
聞かれたポピディウスは、コレティアを見つめて即答した。
「君に勝るとも劣らないくらい美しい女性だよ、コレティア」
それだけでは不十分だと思ったのか、言い添える。
「華やかで人目を引く君の美貌を黄金だとするなら、グレースムは、奥ゆかしい美しさなんだ。でも、内に何かを秘めているような謎めいたところもあって……。そう、名前の通り、琥珀みたいに」
うっとりと言ったポピディウスに、自分への賛辞を当然の顔で受け取ったコレティアが唇を尖らせる。
「あら、それだけじゃ、どんな女性か、よくわからないわ」
「グレースムはゲルマン人なのか?」
ふと思いついて割って入った俺の言葉に、ポピディウスは驚いて声を高くした。
「そうだよ、ルパス。よくわかったね。名前からの連想かい?」
俺は、ゴルテスの書字板に、「ゲルマニア」と「グレースム」という単語があった為、当てずっぽうで言ったのだが、確かに琥珀はゲルマニアの北、
本名ではないだろうが、ゲルマン人の美貌の女占い師が名乗るには適した名前といえる。
ゴルテスが遺した書字板に関係があると感じたのは、俺の早とちりかもしれない。
けれど、手がかりがほとんど潰えた今、会ってみる価値はある。
ポピディウスが崇拝している占い師が、どんな女か、確かめる必要もある。
「グレースムに会うには、どうしたらいいのかしら?」
俺が口を開くより先に、コレティアがポピディウスに尋ねた。
「グレースムは、大競技場の近くで店を開いてるよ。コレティアも何か占いたいのかい? 僕との恋の行方なら、占うまでもなく」
「成就することは、ないわね」
ポピディウスが言い終わるより早く、コレティアが素っ気ない口調で言い切る。
「冷たいなあ。まるで宝石みたいだ。でも、冷たくて煌めいているところも、君の魅力の一つだよ」
さほど傷ついた風もなく、ポピディウスが答える。おそらく、グレースムにも同じ台詞を言っているのだろう。
「それより、店の詳しい場所を言ってちょうだい」
相手にされないところも、おそらく同じだ。
ポピディウスはわざとらしく、悲しげに溜息をついた後、口を開いた。
「大競技場の横に、メルクリウスの神殿があるだろう? その裏の通りの
「部屋を借りてるのか?」
ポピディウスの言葉に、俺は少し驚いた。占い師といえば、怪しい天幕か、見すぼらしい仮小屋で商売していると思っていたのだが。
ポピディウスは我がことのように、小鼻を膨らませて自慢した。
「グレースムを、その辺のよぼよぼインチキ占い師と一緒にしないでほしいな。彼女は、とにかく素晴らしいんだよ」
少なくとも、美貌はその辺の占い師と一線を画しているのだろう。面食いのポピディウスが、ここまで惚れ込んでいるのだから。
「グレースムは、店にわかりやすい看板は出していないんだよ。琥珀の絵を描いた板を下げているだけなんだ」
ポピディウスが、重大な事実を明かすように告げる。
「そんなので客が来るのか? そもそも、お前はどうしてグレースムを知ったんだ?」
「うちの店に来るお客の一人から、聞いたんだ。ものすごい美人の占い師がいる、って。結構、客は多いみたいだよ。まあ、他の客に会ったことは、予約の時間を間違えた時に、一度、見ただけだけど……」
占い師なら、普通は客同士が出会わないように配慮するものだ。重大な打ち明け話をする横で、他の客がいたら、気になって落ち着けないだろう。
「どんな客だった?」
俺の質問に、ポピディウスは視線をさまよわせて、記憶をまさぐった。
「普通の中年男だったよ。ちょっと険がある顔立ちだったけど。シリアとか、そっちの出身らしい服装だったかな」
「そうか」
「あの……」
頷いた俺に、ポピディウスが、もじもじと口を開いた。
「どうした?」
「ルパスもコレティアと一緒に、グレースムに会うつもりなんだろ?」
「ああ、そのつもりだ。護衛だからな」
コレティアの場合、目を離したら、何をしでかすか
ポピディウスは恥ずかしそうに手を
「もし、グレースムに会って、機会があったら、僕のこと、それとなく売り込んでおいてくれないかな?」
俺は、思わず顔をしかめた。
葡萄酒だと思って飲んだグラスの中身が、泥水だとわかったら、こんな顔になるのかもしれない。
俺の顔とポピディウスの顔を見比べたコレティアが、声を立てて笑った。
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