4 女神の人選はいい加減?
「あんた達は、何者なんだ? 役人か?」
まだ二十歳を過ぎて間もなさそうな若い水主が、不安そうな顔で俺とコレティアを交互に見る。もう一人の水主は、黙ったままだ。
「役人じゃない。単なるお節介焼きさ」
俺は肩をすくめた。
意識を取り戻すと面倒なので、残りの二人も縛る。
コレティアは手伝う気は一切ないらしい。俺が縛って転がした水主の前に立つと、無言で二人を見下ろす。
「船長が死んだというのは、本当か?」
足の骨を折られて、苦悶に呻いていた赤毛の水主が、コレティアを見上げて尋ねた。
「あんた達が殺したのか?」
若い水主の声が上ずる。コレティアは不愉快そうに眉を上げた。
「ライオンの餌を横取りする気はないわ」
死刑と決まった重罪人は、闘技場でライオンの前に引き出される。ライオンの鋭い牙と爪が、罪人を冥界へと送ってくれる。
コレティアの返事に、若い水主が怯えた声を上げる。水主程度なら死刑にまではならないだろう。とはいえ、わざわざ教えてやる義理はない。
コレティアが静かな声で説明した。
「ゴルテスはローマで誰かに殺されて、ティベリス川に沈められたわ。私達は、誰がゴルテスを殺したのか、調べているの」
「俺達がやったと思ってるのか?」
赤毛の水主が口を開く。コレティアは軽やかに、かぶりを振った。
「その可能性も考えたわ。けれど、あなた達は、ゴルテスが死んだことを知らなかった。ゴルテス殺しの犯人ではないわ」
先程の水主達の反応は、明らかに演技ではなかった。犯人は、この四人の中にはいない。
「密輸のことを白状しなさい」
コレティアが尊大に告げる。
「なんのことだ?」
この期に及んで、赤毛の水主がしらばっくれた。積荷は既に運び出しているので、証拠はないと思っているのだろう。
コレティアの碧い瞳が、挑戦的に煌めいた。
「インドからの品を密輸していることを、私達が知らないとでも思っているの?」
はったりだ。俺達は密輸の証拠は何一つ掴んではいない。
だが、水主を
「密輸した商品を、どこへ運んでいるの?」
コレティアの問に、二人の水主は首を横に振った。赤毛の水主が、苦々しい声で答える。
「俺達は、知らないんだ」
「貸し馬車や貸し船を利用しているのか?」
俺の質問に、若い水主が口を開いた。
「ああ。いつも同じ貸し船屋で借りる。けど、行き先は知らないんだ。商品を積み込んだ後、小舟は船長が一人で操って行くから……」
「貸し船屋の主人の名前は?」
「アロリウス」
二日前、ゴルテスがアグニのことを話していた男はアロリウスだろうか。後でアロリウスを探さなくては。
「誰も従いていかないの? ゴルテスが行き先を漏らしたことは?」
コレティアが眉を寄せる。赤毛の水主が、忌々しそうに答えた。
「船長が、俺達に大事なことを言うもんか」
「信用されてなかった、ってことね」
コレティアが顔をしかめた。ゴルテスの性格は、レンドロスの言葉通りだったようだ。
「ローマで誰と会ったとか、どこに行ったとか、何でもいい。ゴルテスが何か言っていたことはないか?」
折角アプロディーテ号に乗り込んだのに、ろくな手掛かりが出てこない。
俺は水主達二人の顔を交互に見つめながら尋ねた。
足を折られた赤毛の水主は、額に脂汗が浮いている。若い水主の方は、我が身の行く先を案じて、不安に忙しなく視線を動かしていた。
「確か、前に、一度だけ……」
周りを見回していた若い水主が、頼りない声を出した。
「腹を下してローマから戻ってきた時に、船長が言ってた。「ウルビアの店で肉料理なんか食うもんじゃない。何の肉が入ってるんだかわからない」って」
「ウルビアの店か」
おそらくローマに数多くある居酒屋の一つだろう。果たして、探しても、見つけられるかどうか。あまり望みはなさそうだ。
「ゴルテスは、ローマに何日も滞在していたのか?」
「いつも、二、三日で帰っていた」
若い水主が答える。ということは、ローマでどこかに泊まっていたはずだ。仲間のねぐらか、適当な宿屋か。
もしかしたら、ウルビアの店かもしれない。居酒屋の中には、二階の部屋を泊まり客に貸す店もある。
「他に何か、知っていることは?」
コレティアの問に、赤毛の水主が、おずおずと答えた。
「そう言えば、今回のローマ行きを、船長は楽しみにしていた。何か、新しい
俺とコレティアは赤毛の水主に注目したが、水主は俺達の視線に気づくと、慌てて、「けど、俺は詳しい話は何も、知らないんだ」と首を横に振った。
「役に立たないわね」
コレティアが冷たい一言を浴びせる。
「このくらいでいいだろう。後は、税関の役人に任せればいい。たっぷり調べてくれるさ」
密輸の方法や、密輸品の仕入れ先等も気になるが、仲間が戻ってきても面倒だ。この辺りで、いったん引き上げることにする。
「見逃してくれよ」
若い水主が情けない声を出し、縛られた体を虫みたいにもぞもぞ動かす。往生際が悪い。
「ユースティティアに慈悲など、期待しないことね」
コレティアが若い水主を踏みつける。
ユースティティアは、正義の女神だが、自分の代わりにコレティアを遣わしたのだとしたら、随分と乱暴でいい加減な人選だ。
少しの間、コレティアに見張りを頼み、アプロディーテ号から降りると、俺は近くにいた荷担ぎ人足に小銭を渡し、税関の役人を呼びに走らせた。
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