第13話 ルディ・ハヴィオ

『北東に陣取った神聖騎士団が動きました。一個小隊。数はおよそ二十。』


『風』に乗って届けられるイオリアの声を、ルディはただ聞いた。イオリアの持つ魔剣グラスの能力のひとつだが、この能力には返信することができないので、ルディは報告を聞くのみである。


『これから戻ります。打ち合わせ通り合流を。』

「……打ち合わせでもしたのかねえ、同時に動き出すとは。」


 ルディはイオリアには聞こえないとわかっているからこそ、囁いた。いつも斜に構えているから、普段と変わらないが、いまのは本当の愚痴だ。

 ルディは樹齢数十年とおぼしき巨大な針葉樹の影に身を潜めた。その巨木の向こうを、およそ二十人の男たちが歩いていく。ラインハルトとクラウスがいる古城から北西に陣取っていたオード王国戦士団だ。

 このまま、彼らが古城へ向かうとすると、起こる問題は二つ。ひとつは、彼らがこれから百魔剣同士がぶつかり合う戦場に紛れ込んでしまうこと。クラウスや自分たちはともかく、相手方の三人が彼らの命を惜しむとは考えられず、それはこちらにとっての足枷になることを意味する。そしてもうひとつは、彼ら同士が直接ぶつかり合い、戦闘に突入してしまうこと。敵対している二つの国の戦士団だ。遭遇会敵となれば、黙って見過ごすはずはない。

 ルディは考える。神聖騎士団の目的は、おそらくラインハルトの捕縛だ。ならば彼らはまっすぐ古城へ向かう。ではオード戦士団は? 彼らはどんな指示を受けてこの地にやって来た?

 指示をしているのが『博士』であることは間違いないが、オード側にはラインハルトを直接的に捉える理由がない。では、『博士』はどんな指示で一個小隊を動かした? その疑問がルディの頭の中で廻る。この場の地形、時間、神聖騎士団との位置関係。全ての情報がルディの中で混ざり合い、答えは形になった。そして、取るべき行動も。


「……悪いな、イオ。そっちはそっちで、うまくやれ。」


 聞こえるはずはないが、呟き、ルディは腰に下げた刺突剣を抜いた。

 おそらくは、神聖騎士団の動きは筒抜けになっている。彼ら戦士団は、騎士団を強襲することを目的にされている。騎士団に妙な動きがある、とでも伝えたのだろう。その目的を探ることを目的とされたのかもしれない。『博士』の本当の目的……ただ、生け贄のようにそこに存在していればよい、という悪魔のような思惑など、知るよしもなく。


「……やれやれ。でも、まあ、シホ様が悲しむからな……」


 もし騎士団と戦士団がぶつかり合えば、当然、死傷者は出るだろう。百魔剣に直接傷つけらたわけではないが、これが百魔剣の思惑に踊らされた人間の犠牲だと考えるなら、聖女シホは大いに悲しむ。ルディはにやり、と微笑むと、針葉樹の森を駆けた。巨木から巨木へ。気配を殺し、姿を消し、戦士団と有利な位置で距離を詰めていく。

 自分がこうして、誰かの為に働くようになるなど、考えたこともなかった。ルディはふと、自分がシホに出会うまでを思い出した。

 ルディの生家、ハヴィオ家は、神聖王国カレリアの有力貴族に列席される。ただ、根っからの文官である父は、有能であるが目立たず、貴族社会に最も必要とされる対人交渉……所謂『人付き合い』が苦手な人物であり、他方、貴族としてうそぶくほどの武勇も武勲もない人間だった。それでいて、取り繕うように息子には、財力にものを言わせて様々な教育を施した。幼い頃はそれでも疑問は抱かずにいたが、ルディが思春期を迎えた頃、父の姿は、酷くみすぼらしいものに映った。

 ルディは次第に生まれた家から距離を置くようになった。ちょうど、士官養成学校に通い始めた頃で、それを理由に寮生活を始めたこともあり、ルディの生活は酷く荒れた。同じような仲間もいたことが手伝って、貴族でありながら市井の酒場に紛れ込んでは夜を明かし、酔った上での喧嘩があれば、関係もないのに飛び込んで、殴り合いに興じた。女遊びを覚えたのもその頃だ。女こそ男が生きている意味であり、この世の真理、この世の全てだと、いまでも思っている。

 そんな饐えた生活をしていたある日、ルディは突然、士官養成学校を退学扱いにされた。そして家に引き戻されたかと思えば、すぐさま家を出された。行き先は天空神教会の神殿騎士団詰所だった。

 結局、父はどうにも扱い方に困った息子を、神殿騎士団に放り込むことで、跡継ぎを国教会の騎士団に入団させた、という世間体と、扱えない息子をとりあえず手放すことができる、という二つを両立させたのだと、ルディはすぐに察した。それ故、神殿騎士団でもルディはわざと仕事をせず、注目もさせず、その才能の片鱗も晒さずを貫いた。間接的に父の評価を上げるようなことは御免だったからだ。

 それが、シホに出会って変わった。別に、特別な出会いだったわけではない。何か個別に言葉をかけられたわけでもない。ただ、出会った時のシホが、あまりにも頼りなかったのだ。そのくせ、彼女は必死で自分に課せられた責務を果たそうとしていた。公に知られている『聖女』としても、先代聖女から託された百魔剣を封じる戦いにしても。

 これまでルディが相手にして来た女たちとは、根本から何もかもが違う、一途で、健気な様を、単純に放っておけなかったのだ。そういう少女が、自分の上司に着いた。それだけだ。だが、これまで誰のためにも生きてこなかったルディには、大きな意味があった。命をかけるほどの。


「闇。」


 ルディは手にした刺突剣に命じる。その言葉に呼応して、刺突剣……魔剣ソンブルは黒い闇をその刃から吐き出し始めた。闇は霧状で、森の木々の間を縫って広がって行く。ルディの周囲から徐々に暗くなっていき、巨木の向こうで異変に気づいたオード戦士団の動揺の声が聞こえ始めるまで、さして時間はかからなかった。


「命は取らん。あの人はそれを望まない。だから、眠ってもらうぞ……」


 完全な闇がその身を包み隠した頃、ルディは行動を開始した。

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