第11話 決戦の森
城塞都市マイカに構えた本拠地を襲撃され、三人の指揮官の内二人を失った上、その容疑者である公爵の子息に逃走されたが、神聖騎士団の歩みは鈍ることはなかった。
「……エルロン侯が、生きていた……」
マイカ脱出から二日が過ぎていた。『ウファと向き合う』という願いを聞き遂げた『
ラインハルトはマイカの一室で見た、エルロン侯の最後の姿を思い出す。不敵な笑みを浮かべ、『怪物』の炎の中に消えたエルロン侯。同席した不気味な者たちも、同じく炎に呑み込まれて行ったが、彼らも同じく生きていると考えるべきだろう。
「まあ、ぴんぴんしてましたよ。元気に、力強い演説で、そりゃあもう、立派な貴族様でしたねえ。」
ラインハルトの前に立つ男が、ため息混じりに言う。浅黒い肌と波を打つ黒髪、端正な顔立ちが彼の見かけの印象だが、それ以上に、彼を物語るのはこの話し方だった。意図的に斜に構えたような、肩の力を抜き切った口調。
「いやいや、まったく、これだから支配者ってえのは恐ろしいもんです。できる限りの、関り合いになりたくはないですなあ。」
「ルディさん」
石造りの床を歩く足音がしたのは二歩だけだった。影のように、そして風のように、この場に現れたのは、まだあどけなさの残る騎士だった。
「おお、イオ。どうだ?」
「乗ってきました。来ますよ、すぐにでも。」
ラインハルトはその報告を待っていた。預けていた背中を起こし、傍らに置いた自身の剣を引き寄せる。
「何人か、わかるか。」
「三人。」
「『怨讐』と『牧師』と『東方』か?」
「はい。それと、ひとつ問題が。」
「『怨讐』だけでも十分問題だがな。なんだ?」
「神聖騎士団の一個小隊と、オード王国戦士団の一個小隊が、共にこの砦に派兵されています。到着は、恐らく魔剣たちと同時。」
ルディ・ハヴィオが片手を額に当て、面倒くさそうにため息を吐いた。
「やれやれ……エルロン侯と『博士』が、それぞれ手を打ってきた、というわけか。」
「どうします?」
「これから百魔剣同士がやり合おうってんだ。そんなところにただの騎士や戦士が来てみろ。巻き添え食って、死人が増えるだけだ。」
やはり、百魔剣を持つ彼らは、もはや気にかける要点からして違う。ラインハルトは、そこまで計算していやがるんだろう、と吐き捨てた、ルディの面倒くさそうな表情と、イオリア・カロランの生真面目な童顔を交互に見やった。
「ラインハルト様、わたしらは、ちょっと出てきます。『怨讐』との戦いの手助けをしたかったんですが、その前に舞台掃除が必要なようです。」
ルディはにやり、と笑う。斜に構えた姿勢は彼の真価を曖昧にするが、彼は言ったことは必ず成し遂げる男だ。
「ぼくは騎士長に伝えてきます。」
「……大丈夫だ、イオリア。もう聞いた。」
声に、ラインハルトが視線を上げる。高く開かれ、屋根の形までがはっきりと分かる古城の内部。かつては二階があったことを推測させる、崩れ落ちた石材が組み合わされ、高くなった一点に、声の主はいた。
「騎士長!」
「ラインハルト殿は大丈夫だ。……頼んだぞ。」
「まあまあ、ほちぼちやってきますよ。」
ルディは最後まで面倒くさそうに背を向け、肩越しに手首だけで手を振って古城を出ていった。
「……さて、ラインハルト殿」
天空神教会神殿騎士団元騎士団長、クラウス・タジティが目を開く。放電するように時折明滅する青い瞳が、ラインハルトを真っ直ぐに見た。
「『東方』が来ているのであれば、わたしはやつを討たなければならない。……貴殿にも、頼めるか。」
クラウスが自分に何を頼もうとしているのかは、わかる。ラインハルトは静かに頷く。
「気を付けられよ。『怨讐』は力を増している。そして、自身にも。」
そう言い残すと、クラウスの姿はその場から消えた。おそらくその瞬間に膨らんだのが、魔剣の力だろう。青い帯のような輝きを残した力、その感じ方を、ラインハルトは理解しつつある。
お気をつけ下さい……あの男に……そして、ご自身に。
クラウスの言い残した言葉は、奇しくも熱に
「……来たか。」
赤黒い炎が、この古城目指して、一直線に、猛烈な速度で迫ってくる。ラインハルトはそれを感じた。その他に二つ、炎とは別の力を感じた。それが『牧師』と『東方』だろうか。
いまのラインハルトに、その他二つを気にかける余裕はない。いまの自分の実力では、クラウスやあの死神のような真似はできない。ならばせめて、自分が望み、その通りに叶った『対面』だけは、自分だけで完結させる。
ラインハルトは魔剣プレシアンを腰に帯びる。この剣から始まった。そして、この剣から続いていく。
「……お前を、封じる。そして救う。ウファ・ヴァンベルグ。」
ラインハルトはゆっくりと歩み、目の前を流れる清流の中に立った。踝ほどの水位の水が、何の抵抗もなく流れていく。
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