第11話 決戦の森

 城塞都市マイカに構えた本拠地を襲撃され、三人の指揮官の内二人を失った上、その容疑者である公爵の子息に逃走されたが、神聖騎士団の歩みは鈍ることはなかった。むしろ、ラインハルトの凶行は、全て背後にいるオードよって引き起こされたことであり、悲劇を繰り返させぬために、王城を落とす、と宣言した指揮官、エルロン侯ジョルジュ・ヴェルヌイユの演説は大きな効果をもたらし、常ならざる士気の高さで、神聖騎士団はオード王国王都ヴァルトシュタインへ向けて、この戦争の最後の行軍を続けていた。一両日中には、王都をかけた戦端が開かれると思われる。


「……エルロン侯が、生きていた……」


 マイカ脱出から二日が過ぎていた。『ウファと向き合う』という願いを聞き遂げた『聖女近衛騎士隊エアフォース』の面々と行動を共にしたラインハルトはいま、王国と神聖王国の戦線からは大きく外れた森の中、打ち捨てられた古城にいた。この古城は、オードが王国として建国する以前、オードの領地の大半を占める広大な針葉樹の森に住んだある部族のもので、『遺跡』と呼んで差し支えない、古い年代のものだった。苔むし、木々に呑み込まれて、どこからか涌き出た清らかな水が、城の中心部の大廊下であっただろう場所を流れている。ラインハルトは、その小川の畔に、石材を積み上げて作られた堅牢な壁を背にして座り込んでいた。

 ラインハルトはマイカの一室で見た、エルロン侯の最後の姿を思い出す。不敵な笑みを浮かべ、『怪物』の炎の中に消えたエルロン侯。同席した不気味な者たちも、同じく炎に呑み込まれて行ったが、彼らも同じく生きていると考えるべきだろう。


「まあ、ぴんぴんしてましたよ。元気に、力強い演説で、そりゃあもう、立派な貴族様でしたねえ。」


 ラインハルトの前に立つ男が、ため息混じりに言う。浅黒い肌と波を打つ黒髪、端正な顔立ちが彼の見かけの印象だが、それ以上に、彼を物語るのはこの話し方だった。意図的に斜に構えたような、肩の力を抜き切った口調。


「いやいや、まったく、これだから支配者ってえのは恐ろしいもんです。できる限りの、関り合いになりたくはないですなあ。」

「ルディさん」


 石造りの床を歩く足音がしたのは。影のように、そして風のように、この場に現れたのは、まだあどけなさの残る騎士だった。


「おお、イオ。どうだ?」

「乗ってきました。来ますよ、すぐにでも。」


 ラインハルトはその報告を待っていた。預けていた背中を起こし、傍らに置いた自身の剣を引き寄せる。


「何人か、わかるか。」

「三人。」

「『怨讐』と『牧師』と『東方』か?」

「はい。それと、ひとつ問題が。」

「『怨讐』だけでも十分問題だがな。なんだ?」

「神聖騎士団の一個小隊と、オード王国戦士団の一個小隊が、共にこの砦に派兵されています。到着は、恐らく魔剣たちと同時。」


 ルディ・ハヴィオが片手を額に当て、面倒くさそうにため息を吐いた。


「やれやれ……エルロン侯と『博士』が、それぞれ手を打ってきた、というわけか。」

「どうします?」

「これから百魔剣同士がやり合おうってんだ。そんなところにただの騎士や戦士が来てみろ。巻き添え食って、死人が増えるだけだ。」


 やはり、百魔剣を持つ彼らは、もはや気にかける要点からして違う。ラインハルトは、そこまで計算していやがるんだろう、と吐き捨てた、ルディの面倒くさそうな表情と、イオリア・カロランの生真面目な童顔を交互に見やった。


「ラインハルト様、わたしらは、ちょっと出てきます。『怨讐』との戦いの手助けをしたかったんですが、その前に舞台掃除が必要なようです。」


 ルディはにやり、と笑う。斜に構えた姿勢は彼の真価を曖昧にするが、彼は言ったことは必ず成し遂げる男だ。


「ぼくは騎士長に伝えてきます。」

「……大丈夫だ、イオリア。もう聞いた。」


 声に、ラインハルトが視線を上げる。高く開かれ、屋根の形までがはっきりと分かる古城の内部。かつては二階があったことを推測させる、崩れ落ちた石材が組み合わされ、高くなった一点に、声の主はいた。


「騎士長!」

「ラインハルト殿は大丈夫だ。……頼んだぞ。」

「まあまあ、ほちぼちやってきますよ。」


 ルディは最後まで面倒くさそうに背を向け、肩越しに手首だけで手を振って古城を出ていった。


「……さて、ラインハルト殿」


 天空神教会神殿騎士団元騎士団長、クラウス・タジティが目を開く。放電するように時折明滅する青い瞳が、ラインハルトを真っ直ぐに見た。


「『東方』が来ているのであれば、わたしはやつを討たなければならない。……貴殿にも、頼めるか。」


 クラウスが自分に何を頼もうとしているのかは、わかる。ラインハルトは静かに頷く。


「気を付けられよ。『怨讐』は力を増している。そして、自身にも。」


 そう言い残すと、クラウスの姿はその場から消えた。おそらくその瞬間に膨らんだのが、魔剣の力だろう。青い帯のような輝きを残した力、その感じ方を、ラインハルトは理解しつつある。

 お気をつけ下さい……あの男に……そして、ご自身に。

 クラウスの言い残した言葉は、奇しくも熱にうなされながらアルスミットが呟いた言葉と同じだった。ラインハルトはアルスミットの姿を思い出す。いまならば、その言葉の意味もわかる。


「……来たか。」


 赤黒い炎が、この古城目指して、一直線に、猛烈な速度で迫ってくる。ラインハルトはそれを感じた。その他に二つ、炎とは別の力を感じた。それが『牧師』と『東方』だろうか。

 いまのラインハルトに、その他二つを気にかける余裕はない。いまの自分の実力では、クラウスやあの死神のような真似はできない。ならばせめて、自分が望み、その通りに叶った『対面』だけは、自分だけで完結させる。

 ラインハルトは魔剣プレシアンを腰に帯びる。この剣から始まった。そして、この剣から続いていく。


「……お前を、封じる。そして救う。ウファ・ヴァンベルグ。」


 ラインハルトはゆっくりと歩み、目の前を流れる清流の中に立った。踝ほどの水位の水が、何の抵抗もなく流れていく。

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