第9話 支えてくれるから
「魔剣を収集する勢力……」
ラインハルトはクラウスの言葉を反芻する。その頭には、既にある人物の姿が像を結んでいる。
「『
「目的がわからないので、もしかしたらシホ様と同じく、封印することを目的としている、なんて冗談もなくはないですがね。でもまあ、何分手段を選ばない連中なので、それはないと思いますね。百魔剣を手に入れるために、街や村のひとつふたつ、住人皆殺しにして軽く消すような連中ですから。そんな連中が百魔剣って尋常ではない力を求めるということは……まあ、ろくなこととは思えないですよねぇ?」
クラウスの言葉を受けたルディは、心の底から嫌悪しているように、珍しく苦虫を噛み潰したようなしかめ面で話した。
「では、エルロン侯も、その組織の一員……?」
ラインハルトの問いかけに、ルディはクラウスに視線をやり、クラウスは小さく頷いた。
「確実な証拠はありませんが、ラインハルト殿と共にあの部屋にいた人間たちは全て、『ラウンド』との関係を疑われている人物たちです。キョウスケ、シャーリン、そして『博士』シャド。」
「もし、エルロン侯が『ラウンド』の一員なのだとしたら、『ラウンド』の勢力は相当に大きなものだと考えなければなりませんな。今回のごたごたは、最終的にとんだ大物が釣れた格好になりましたが、大物過ぎるので、ここからは我々も慎重に事を進めにゃあなりません。シホ様のために。」
そこで言葉を切ったルディは、建物の出入口に控えたイオリアに視線を送った。イオリアは目配せひとつでルディの意図を読み取ったように頷くと、そっと扉を開いて表に出ていった。
「本当ならいますぐにでも、ラインハルト様には我々と行動を共にしてもらいたい。それがシホ様の本音だと思います。でも、まあ、そういったわけで、少なくともいまはできない。だからおれに、逃走の手配を整えさせた。そんなところです。シホ様らしい機転の早さですよ。もしかしたら、こうなることもわかっていらっしゃったのかもしれないね。」
「わたしは以前あなたに、いま、世界の裏側で何が起きているのか、知っておいていただきたい、と話したはずです。あなたには、もはや無関係な話ではない、と。」
あれはダキニを落とした後だ。シホとクラウス、ルディ、そしてあの『紅い死神』が同席して持たれた会談で、クラウスは確かにそう言っていた。ラインハルトは頷く。
「あなたの意思が全てではなかったとしても、あなたは百魔剣を手にし、それを使いこなした。そうなった以上、勝手な物言いかも知れないが、我々からすればあなたには、どちらかの道を選んでいただく以外にない。つまり、魔剣をシホ様に譲渡し封印を施すか、その力を我々と同じく、シホ様のために使うか。」
そこで、出入口の扉が小さな音を立てた。ラインハルトが見ると、外に出ていたイオリアが戻り、ルディに頷いたところだった。
「迎えが来たようです。とにかく、いまは落ち延びていただく。それがシホ様の意思である以上。」
クラウスの言葉にはとりつく島がない。シホの意思を完璧に執行する、そのこと以外に興味はない、と言った様子だった。
だが、とラインハルトはクラウスに向き直った。先ほどから胸の奥で立ち上がり始めていた想いが、ラインハルトの放つ気配に含まれたのか、クラウスが少し驚いたような表情を見せた。
「シホ様の意思はわかった。ご厚意にありがたく甘えたいとは思う。だが、まだだ。それはいまではない。」
「……と、言われると?」
クラウスは僅かにだが苛立ちのような気配を感じる語気で応じる。それでもラインハルトは
「わたしはウファを、『
「それは我々『
「わたしが、止めねばならないのだ、クラウス殿。」
クラウスの宿した気配は、明らかな怒気を孕み始めていた。それでも、ラインハルトは引かなかった。引けなかったのだ。自分が、いま立つこの場所から、前に進むために。
「わたしがこの先、どのような生涯を歩むことになろうとも、ここでウファと向き合わなければ、先に進むことはできない。そのために、わたしはダキニからシホ様に同道した。これだけは、譲れない。」
「……やはり。」
白い仮面の下、そこだけ
「シホ様の仰る通りでしたね。全く、大したお人だ。」
「餌は撒いたのか?」
「手筈通りに。」
「イオが撒くには撒きましたがねえ。あの状態の使い手が、果たして自分の意思で判断して、餌に乗って来るかどうか。」
「問題ない。あいつの後ろにいるのはシャドだ。必ず乗ってくる。」
いったい、何が話されているのか、あまりの急展開とクラウス、ルディ、イオリアの態度の変化に、ラインハルトはただ呆然としていると、その肩に手が添えられた。視線をやると、歩み寄ったルディの、褐色の手だった。
「シホ様は、あんたがそう言うこともお見通しだった。そして、あんたのいう通りに、対峙する場を、我々に作るように、と命じられた。我々としても、確かに怨讐の剣は最優先に封じたい。だが、できればそれは、百魔剣と戦いなれた我々だけで、不確定要素は予め除いた状況で戦いたい、と思っていたんだがねえ。」
「だが、シホ様はそれではだめだと仰られた。それでは、ラインハルト殿が前に進めない、と。」
「シホ様がそのようにお考えならば、僕らは当然、ラインハルト様のお手伝いをさせていただきます。撒いた餌の反応も、そろそろある頃だと思います。」
イオリアが最後に言い、まだ幼さの残る少年の笑みをラインハルトに向けた。思いがけず簡単に、ラインハルトの意思は、決意は、形を結ぼうとしている。それはいい。だが、ラインハルトは三人の『聖女の騎士』たちに、訊かずにはいられなかった。
「……シホ様とは、いったい……」
神の名を口にしない最高司祭。神の名を口にせず、人を導いてしまう聖女。シホと向かい合った馬車の中、ラインハルトに向けられた、太陽のような笑みを思い出した。あの時、彼女から告げられた言葉は、確かにいまのラインハルトを突き動かしている。聖女シホ・リリシア。彼女はいったい、何者なのか。
「稀代の努力家、ですかねえ、騎士長?」
「そうだな。あの方の九割は努力でできている。」
「だから、僕たちも支えたくなるんですよ。シホ様が支えてくれるから。」
人のために、自らの生涯の全てを使い、それゆえにあらゆる人々から愛される。
それは世界を統べる者の器ではないのか。何の疑いもなく脳裏に浮かんだその考えを、ラインハルトは確かにした。
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