第22話 ボクと同じキミ

 リディアの紅い刃が、ウファに迫る。二人の戦いの場に駆け付けたシホは、その瞬間を見た。

 踏み込んだリディアの剣は速く、鼻から下、顎から胸までも、自らが流した鮮血にまみれてよろめくウファは、不恰好な姿勢でしかその剣を受けることができない。一撃、二撃、三撃と、休みなく攻め立てるリディアの剣を受ける度、体勢は崩れていく。そして、ついに、リディアの剣がウファを捉えた。


「……ンン、ココマで、デすカネ、怨讐おんしゅうの。」


 上段から肩口を狙って振り下ろされた紅い刃は、確かに敵を斬っていた。

 だが、それは、ウファではなかった。


「お前はっ!?」

「ヤッと、アナたの戦いを、目にスるこトがデキましタ。光栄デスヨ、『統制者』」


 一瞬前まで、リディアとウファの間には、誰もいなかった。当然だ。壮絶な斬り合いの最中に、第三者が入り込む隙はない。シホは自分の目を疑った。同様に、あのリディアでさえも、驚愕の声を上げていた。

 リディアの紅い刃は、黒い人影を肩口から胸まで切り裂き、半ば身体に埋まっている。そんな状態で、斬りつけられた小柄な人影は、肩までで切り揃えられた光沢のある黒髪を、涼しげにかき上げて見せた。

 大陸東方の小部族の雰囲気を漂わせる前合わせの黒服に、紅い刃は深く食い込み、その刃を伝って赤い血が、足元の石畳に水溜まりを作り出している。凹凸おうとつの少ない顔の口元からは、体内から吐き出されたであろう血が滴る。が、男か女かも判然としないその人物の表情は、いっそ穏やかですらあるのだ。そのあまりの違和感に、シホは背筋に冷たいものを感じた。


「なカナカ、面白いチカらノ使い方がデキるのデスね。ボクの研究に、新しい課題が生まれマシタよ。」

「それから」


 声は、突然、シホの背後から聞こえた。リディアに斬りつけられた体勢のまま話している声と、全く同じ声が、全く別の場所に現れた。シホは反射的に魔剣ルミエルを抜きながら振り返り、身構えた。


「ようヤく会えまシタね、シホ・リリシア。いや、『光の魔導師』と言うベキかナ。あるいは……」


 シホはもう一度、自分の目を疑った。眼鏡をかけていない目を細め、焦点を凝らすが、それで何かが変わる訳ではなかった。シホの背後には、いま、リディアに斬りつけられている人物と、全く同じ人物がいた。

 一瞬、シホはある魔剣の力を疑った。魔剣『夢幻むげん』。実体のある幻影を生み出すことのできる百魔剣で、アザミ・キョウスケという暗殺者によって振るわれている。二年前も、先だってのダキニ城攻略戦の際も、アザミは姿を現し、シホたちと敵対した。ダキニ城内では、クラウスと剣を交えたという報告を受けた。この人物とアザミの関係はわからないが、何らかの繋がりがあり、アザミが彼の幻影を生み出すのに、一役かっているのか、と考えた。だがシホは自身ですぐに自身の考えを否定する。

 他の魔剣がそうであるように、魔剣夢幻の力もまた、使い手であるものにしか作用しない。つまり、アザミの幻影しか生み出すことしかできないのだ。そして、それにもまして、なによりもうひとつ、夢幻の力とは根本的に異なる特徴が、この人物にはあった。

 夢幻の幻影は、あくまでも幻影である。実体を持ち、斬られればこちらも手傷を負うし、斬れば斬った感触が残る。だが、血は流れない。これほど生々しい血を吹くことはないのだ。

 魔剣夢幻よりも、アザミ・キョウスケよりも、もっと禍々しいものを感じる相手が、シホに向かって手を差し出す。


「ボクと同じキミ、と言うベキかナ?」

「……ごめんなさい。あなたは何者ですか?」


 シホは構えを解かず、慎重に相手の様子を観察した。何者、と誰何すいかしたが、おおよその見当はついていた。おそらく、この人物が、シャド。『博士』を名乗る、オードの軍司であり、百魔剣の研究者、という人物だろう。フィッフスとも研究を共にしていた時期がある、と考えると、彼の幼くも見える外見年齢は異常だったが、それ以上の現実を見せつけられているいま、そんなことは気にならなかった。


「ボクはシャド。キミに会いタカったんだよ、シホ。ボクと同じキミに。いヤ……」


 ボクと同じ? シホがいぶかる目を向ける。シャドは何かを思案した後、言葉を続けた。


「ボクと全く同じ、といウワけじゃアないンダケどネ。ただ、似てテイルからネ。」

「似ている……?」


 シホが返したちょうどその時、壮絶な絶叫が上がった。驚き、振り返ると、リディアに斬られたシャドが、今更のように叫び声を上げていた。激痛が遅れてきたのか、それとも全く別の何かか。とにかく異常と言える、甲高い叫び声を上げるシャドから、リディアが『統制者』を引き抜いた。その瞬間、叫び声がぴたりと止み、シャドは石畳の、自らの血で満たされた水溜まりの中に倒れた。


「マア、いいヤ。今回はココマで。『統制者』の素晴らしい戦い方も目にできたし、満足満足。」


 シホが再び向き直ると、シャドはにこり、と笑った。


「ウファはもう少シ研究シタいんでね。回収させてもらいますよ。」

「待ちなさいっ!」


 シホは素早くルミエルに光の魔力を集中させ、剣を振るのと同時にその力を解き放った。光の魔力は帯となって直進し、シャドを捉えた。先端を鋭い刃と変えた光が、シャドの身体を貫く。一瞬、びくり、と身体を振るわせたが、それだけだった。それだけで、シャドの身体は動かなくなり、石畳の上に崩れ落ちた。


「えっ……」


 シホは動揺のあまり、声を漏らしたが、倒れたシャドが立ち上がることはなかった。


「……逃げられたな。」


 びくっ、と身体が震えるのを、抑えることができなかった。気がつくと背後に立っていたのは、リディアだった。リディアは『統制者』を鞘に納め、身繕いを正した。リディアの背後にも、その他のどこにも、シャドの姿はなく、同じくウファの姿も消えていた。シャドが「回収させてもらう」と言っていたのを思い出す。おそらく、シャドによって撤退の手助けをされたのであろうが、それが一体、どんな力に依るものなのか、何一つわからなかった。


「『博士』シャド……」


 シホは禍々しい名を呟いてみる。同じ、と言われ、似ている、と言われたが、何一つ同じである要素も、似ている要素も思い浮かばなかった。名を呟くことで、何かを想像することができるかもしれないと期待したが、やはり何も浮き上がっては来なかった。


「何かの魔剣の力だとは感じました。ですが……」


 問われてはいないが、シホはリディアに答えるつもりで言葉にした。何かの魔剣の力が作用して、同じ人物が二人存在する、という、奇っ怪な現象を現実に起こしているのであろうことはわかった。だが、それがどんな魔剣に依るものなのか、わからなかった。シホは全ての魔剣に、一定以上の知識を持っている。それでも、シャドの力に当てはまるものを想像することができなかった。


「……クラウス、か?」


 シャドという存在に思いを廻らせるシホは、リディアの言葉で初めて、クラウスの魔力がすぐ傍まで歩いてきていることに気がついた。顔を上げ、クラウスの力を感じる方へ視線を向ける。そこで、シホは言葉を失った。

 クラウスが誰かを横抱きの形で抱き上げて、こちらに歩いてきていた。その衣服が、真っ赤に染まっている。クラウスだけではなく、抱き上げられた誰かも、同じく血に塗れていることから、シホはすぐに、その血がクラウスのものではないことに気づいた。ほぼ同時に、抱かれているのが誰なのかも、理解した。

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