第17話 正しい使い方
「ラングル、ガード・ラングルだな!」
「一部族の長にすぎないおれを知っているとは光栄だ、若獅子!」
斧と剣、互いに押し合う力が
「あの人形は、お前の計略か!」
「そうだ、おれたちはマイカを取り戻す!」
ラインハルトが力の限りに叫ぶ。そうしなければ押し潰されてしまいかねない、と思ったからだが、それはラングルも同じだったようだ。怒声が、互いの得物越しにぶつかり合った。
「自分たちの街を破壊しているんだぞ、それが、わかっているのか!」
「てめえらが兵を退かねえ限り、手段は選ばねえ。選んでる余裕はねえ。嫌だってんなら、てめえらが兵を退けば済むことだ!」
不覚にも、ラインハルトはほんの一瞬、刃に向けていた集中を、途切れさせてしまった。兵を退けば済むこと。ラングルの言葉が、ラインハルトに隙を作った。
そう、本当に、ただ、それだけなのだ。戦い続けなければならない理由など、どこにもないのだ。
「ここはおれたちの国だ、おれたちの大地だ! おれは、おれの一族を守らなきゃならねえ。街なんぞ、何度でも作ってやる。ただ、てめえらがいたんじゃ、それはできねえ!」
ふっと、ラインハルトの力が抜けた瞬間を、ラングルは見逃さなかった。身体ごと浴びせかけるような突進を、ラインハルトは避けきれなかった。肩からぶつかる衝撃は、ラングルが大柄であるがゆえに強力で、ラインハルトの身体は、簡単に宙を舞った。ゆうに五歩分の距離を弾き飛ばされて、ラインハルトはマイカの石畳の上に倒れた。しかし、倒れたままでいるわけにはいかない。衝撃に痛む身体を無視して、ラインハルトはすぐさま飛び起きる。素早くその場を退いたその刹那、ラインハルトが倒れていた場所に、ラングルの戦斧が振り下ろさせた。
「……それは、レネクルスの民も、同じことを思っていたはずだ。」
言ってはだめだ、とラインハルトはわかっていた。わかっていたが、口から出た言葉は止まらなかった。
「お前が攻め、
復讐ですか。
唐突に、シホの姿を見た気がした。ほんの
復讐は何も生みませんから。
その通りだ。復讐は、復讐しか生み出さない。この戦いに終わりがあるとすれば、それはどちらかの死滅のみ。そういう状況にしてしまっているのは全て、防衛という、反攻という復讐が、次の防衛という、反攻という復讐を生んでいるにすぎない。適度な戦争など、存在しない。ちょうどのよい幕引きなど、ありはしない。誰かが誰かの命を奪うというのは、そういうことなのだ。それは、わかる。わかっている。だが、自分は貴族で、騎士だ。貴族は、騎士は、領民を守り、導くことでのみ、存在を許される。そんな自分に、防衛しないという、反攻しないという選択肢は選ぶことは出来ない。
「知ったことか。おれにはおれの一族を食わせなけりゃならねえ理由がある。」
ラングルは、一直線な男だ。自分と、自分の一族のため。全てはそうだと言い切る。だが、この視野の狭さを、己の立ち位置からしか世界を見ることの出来ない視点を、争いを終わらせることの出来る位置にあるもの、人々を導く、指導者と呼ばれる存在が持ってはならないのだ。
「この戦争は
ラングルは石畳を割った戦斧を、徐に持ち上げて構え直す。ラインハルトもプレシアンを下段に構えた。
「この土地で、おれたちが本気なことを示す必要がある。あの人形は、そのための道具だ。てめえらカレリアが、これ以上攻め込もうってんなら、それなりの用意がある、ってことを知らしめるためのな!」
道具は、道具でしかありません。
再びラインハルトの脳裏を
道具は、正しい使い方を知れば、誰もが正しく使えるものです。手にする前に、そのものを使う前に、一度考えるだけでいい。この使い方は本当に正しいのか。いま使われることが本当に正しいのか。もしラインハルト様が償うことを望まれるのであれば、きっと、道具の正しい使い方を学び、考え、今度こそ正しく使うこと。それだけで、いえ、それだけが、人が生きていく上での償いになるのではないかと。
正しい使い方。
その言葉が、ラインハルトの意識の深いところに落ちていく。貴族として、騎士として、選べない選択肢。それでも、相手の立ち位置から見た世界を想像しなければならない指導者という存在。やられたままでいればいい、というわけではない。しかし、復讐に復讐を重ねるわけにはいかない。正しい使い方。自分に課せられた役割という道具、その正しい使い方。
「てめえはここで死ね、ラインハルト。カレリアの連中に兵を退かせる、いい材料になる!」
ラングルがその性格そのまま、一直線に飛び込んでくる。その瞬間、プレシアンが力を解放する。ラングルの次の一手の、無数の可能性が、ラインハルトの頭に映像となって流れ込んで来る。斧がラインハルトの頭に、肩に、腹に食い込み、鮮血を撒き散らす。痛みだけが、現実となって押し寄せ、ラインハルトは、ともすれば発狂しかねない状況を、奥歯から血が流れるほど噛み締めて堪え、堪えて、考えた。正しい使い方。シホが示した、正しい使い方の意味。その瞬間、
幻が消える。現実のラングルは、まだ戦斧を振り上げてはいない。ラインハルトはラングルが予知通りの角度に戦斧を振り上げるのを待たず、一歩踏み出すことで、相手との間合いを詰めた。そして、戦斧が動く前に、その軌道上にプレシアンを落とす。魔剣の刃は、戦斧の刃と柄の、狭い間を的確に切り落とした。簡単には切り落とされないように、頑丈な鋼鉄で被われていた部分だが、プレシアンは飴でも融かすような容易さで、ラングルの得物を破壊した。
ラングルの表情に動揺が浮かぶ前に、ラインハルトはその顔に蹴りを見舞った。プレシアンを振り下ろした時に踏み出した足を軸に、回転した
倒れた位置を確認して、ラインハルトは刃を返す。ラングルに、プレシアンを振り下ろした。
「……ここまでだ、ラングル。」
急いで立ち上がろうとしたラングルの首筋に、魔剣は押し当てられて止まっていた。ラングルも、無言のまま身を止めた。
プレシアンは、ラングルの命を奪う選択肢を幾つも見せた。それでも、ラインハルトはこの選択肢を選んだ。
正しい使い方だと、信じた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます