第16話 可能性に手を伸ばす
ラインハルトは押し寄せる
ガード・ラングル。レネクルス領へ侵攻し、ルートクルス城を奪取したオード王国の一部族軍団の長。ラインハルトは、かつて一度だけ顔を会わせたラングルという男の印象を呼び起こした。不遜、高すぎる自尊心、蛮勇を絵に書いたような態度。あの時は外交の場で、互いに国を代表してその場にいたはずだが、彼にはそんなことはお構い無しという様子だった。そのようすから、ラインハルトは彼に降伏という選択肢はない、と思っていた。ルートクルスでは身を引いたのか、反攻戦時に
彼がこの金属人形たちを使役しているのかどうか、使役しているのであれば、どんな方法で行っているのか、そうした疑問はあった。だが、それより何よりラインハルトの頭に浮かんだ言葉は、やはり、という一言だった。やはり、ラングルは戻ってきた。やはり、ルートクルスで討たなければならなかったのだ。やはり、彼に降伏という選択肢はない。やはり、再び戦うことになった。やはり……
「……シホ様、ここはわたしにお任せ願いたい。」
ラインハルトは一歩踏み出して告げた。ラインハルトの目の前には、
「あの男性、ですね。」
小柄な人物……天空神教会最高司祭の一人、シホ・リリシアは、ゆっくりとラインハルトの方を見た。顔の上半分を兜が覆い、口元だけが露な状態だったが、彼女がいま、非常に厳しい顔つきをしていることは、その一部分だけでもわかった。固く結ばれた唇は、周囲にいる人をも笑顔にさせるような、彼女特有の、太陽のように明るい笑みからは程遠い。
「彼はオードの戦士、そして部族の長でもあります。レネクルス領侵攻の先頭にいたであろう人物です。」
「復讐、ですか。」
意外な問い掛けがシホから突き刺すような鋭さで飛んできたので、ラインハルトは一瞬、気圧された。復讐、という言葉に、即座には意味を持たすことが出来ず、
「もしそうならば、ここはわたしが止めます。彼もわたしが止めます。それが、あなたが公子として、領民の方々の復讐だ、と言ったとしても、わたしが止めます。復讐は何も生みませんから。」
シホが淡々と言う。紅い死神の気配が明らかに揺れたが、なんだったのだろうか。
「いえ……いいえ、決してそのようなことでは……」
シホになんと応えるべきなのか。ラインハルトは言葉を探したが、相応しい言葉を見つけることは出来なかった。復讐かと訊かれれば、そうかもしれない。自領を侵略され、民を
「……わたしは、彼に確認しておかなければならないことがあるのです。我々はなぜ、戦い続けなければならないのか。」
ラインハルトが
「……それは、おれたちも同じだ。」
紅い死神が肩越しにラインハルトを見て言う。整った切れ長な目が、こちらを
「……では、わたしたちが道を作ります。ラインハルト様は彼の人物を抑えてください。わたしたちも、彼には確認しておかなければならないことがあります。」
言うが早いか、シホ、死神、そしてラインハルトをここまで案内したイオリアという少年騎士が、押し寄せる金属片の波に向かって駆け出した。その移動は、速い。一歩目で常人の全速力に達し、二歩目で常人を越えている。あれが魔剣を持つものの力なのか、と思ったが、自分には同じことが出来ない。魔剣を持っただけではない、彼らの積み重ねた時間が、その動きには現れていた。
瞬く間に、三人は鉄の群れと衝突する。明るい閃光が輝き、その上を、黒い筆が走るように死神の影が舞う。途端、紅い光が縦に、横に走ったかと思えば、次の瞬間には青い冷気が金属人形たちを氷付けにする。
演劇でも見せられているかのような戦いだった。昨日までのラインハルトの常識が、まるで通用しない。だがこれが、聖女と呼ばれる少女司祭、シホ・リリシアが歩む戦いの道なのだ、と理解した。そして自分も、その末端に立っているのだ、とも。
彼の人物を抑えてください。シホはそうラインハルトに言った。彼らと同じことは出来なくても、任されたことはこなしてみせる。ラインハルトは常人と変わらぬ速さで駆け出した。
すぐに金属人形が三体、ラインハルトの前に躍り出た。シホたちが討ち洩らした敵だろう。ラインハルトは父から託された剣を抜いた。パーシバル家に伝わる聖剣シルヴァルフ……シホによればそれは、百魔剣の中でも指折りの力を持った魔剣、プレシアンであるとのことだった。そのことを意識する前に、ラインハルトに、あの現象が起こった。
金属人形たちが
一瞬のうちに脳裏を
幻視した光景の中で傷つけられ、血を吹いた胸や腕や首が激痛を発する。だが、ラインハルトは構わなかった。
「……遅い。」
プレシアンを構え直す。
道を作る、とシホが言った通り、ラインハルトの歩く正面だけ、金属人形の姿が減っていた。時折、群れからはぐれたように飛び掛かってくる金属人形を、その
プレシアンが見せる無数の予知から、可能性を拾い上げる。自分にとっての最悪の未来が、強烈に頭を打ったとしても、その先にある可能性に手を伸ばす。そうやって、ラインハルトは戦っていた。時にプレシアンの予知は複数の予知を
「遅いぞ、プレシアン。奴らの反応速度を超えろ。お前が未来を見せると言うのなら……」
ラインハルトはさらに踏み込んだ。プレシアンを握る手が熱くなる。頭の中では様々な映像が矢継ぎ早に浮かんでは消え、浮かんでは消える。ラインハルトはただひたすらに可能性を掴み取っていく。
「わたしにこの戦いを終わらせる未来を見せてみろ!」
「若獅子!!」
野太い雄叫びが、ラインハルトの叫びに重なる。一直線に突進してくるラングルの姿が、目の前に迫った。
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